第17話 ろくでなし様一名ご案内

 



 これは罠だ! 悪逆非道で残忍非道で冷酷非道な罠だ!

 地雷とか不発弾なんてちゃちなモンじゃない、もっと恐ろしい核兵器級のトラップを味わったんだよ!


 流石はクラッシャー界の風雲児との勇名も高いサークラさんだ。恐ろしくも鮮やかな手並みのアッと驚く間もない巧妙なピンポイント破壊だよ。


 ――奴は大変なものを壊していきました、女子たちから俺への風評とか世間体とか社会生命です。


 いやだって仕方ないじゃん!? 何でもするって言われたんだもん! ネタ振りされたんだもん! 男なら誰だってああ返さざるを得ないじゃん! そしたらこうなっちゃたよ!


「「「「「……………………っ」」」」」

「ぅぅ……」


 局地的な超重力とブリザードの乱舞が俺に容赦なく降り注ぐ。発生源は四人の女子生徒と一匹の馬鹿だ。

 その視線に宿るのは地獄のように濃く深い嫌悪と侮蔑。おおよそ人どころか生き物に向けるべきではない軽蔑しきった眼差しに心胆が凍り付き縮こまる。


 って言うか、おい馬鹿! お前はこっち側だろうが! なんであっさり裏切って敵側についてるんだよ!

 まさかここまで簡単に優奈を離反させるとは……これこそがあらゆる人間関係に楔を打ち集団を崩壊させるサークルクラッシュの妙技!? 嫌な技だな!


 ただ一人、彼女らに守られるよう囲まれる中でサークラさんだけは居心地悪そうに身動ぎしているが、そもそもの原因が君の不用意な発言だし、本当にこの場から消え去りたいのは俺の方だという事を声を大にして叫びたい。

 もはやここに至っては、ここから走り出して盗んだバイクでゴブリンどもをひき殺し回るのも辞さない。そうだよ八つ当たりだ!


「えー、あー、ごほん……ということで、委員長たちがこの森で独り立ちできるまで面倒を見ることになりました。少しの間ですが、これからよろしくお願いします」

「「「「「…………っち」」」」」

「舌打ち!?」


 合図もなしに完璧に揃ってたんだけど、君たち仲良いな!?

 確かに彼女たちの気持ちはわかる。つい先日までクラスのオタクと不良どもから性的な行為を仄めかされていたところでのこの流れだから、責められても仕方がないと諦めもつく。ただし馬鹿、テメーは駄目だ。


「あー! あーっ! とにかく特訓だよ! 厳しい訓練だよ! 激しい鍛練だよ! 委員長たちにはゴブリンどもを笑って血祭りにあげられる程度にはなってもらうんだよ! というかなれっ!」


 強引に話を進めて空気を変える。うん、変えられたらいいな。

 そもそも委員長たちが抱える問題は、食料も寝床も外敵も、彼女たちが強くなれば大半が解決する。ついでにクラスメイト達もボコって説得きょうはくすれば冤罪も解決だ。


「……言いたいことはわかったけど、それが出来ないから私たち苦労していたのよ」


 未だ蔑む目つきながら委員長が重い口を開く。絶対零度の視線で俺を射抜き語るが、その発言が的外れ過ぎて思わず唇が歪んだ。


「いやいやそんなわけないって。誰だってやれば出来る……って言うか、れば出来るようになるから。そう、レベルを上げればね」


 レベルが上がればステータスが上がる。ステータスで圧倒出来ればスキルや技術なんてものがなくても他者を制圧できる。

 つまりは『レベルを上げて物理で殴る』をリアルで実行すればいい。必要なのは戦う意思だけ――だが、その最初の一歩が一番難しい。


 だって、レベル上げって飾らずに言えば『生き物を殺す』ってことだ。極一部の例外は気づけばフラリと消えて素手でゴブリンを仕留めていたが、あれはノーカン。一般的な現代日本人なら命を奪う事に忌避感を覚えるはずである。


 だから、初っ端にその苦手意識を磨り潰す。

 多少乱暴になろうとも、こっちには時間がないのだ。超特急自立コースだ。





「――さて、まずは適度に痛めつけたゴブリンを用意しましょう」

「ガ、ギャギ……」

「「「「「「ひっ!?」」」」」


 チクチクと背筋を突き刺す雰囲気の委員長たちを引き連れ、近場でたむろっていた小規模のゴブリンの集団を襲撃する。一匹除いて皆殺しで、残った一匹も半殺し……もとい、念のため七割殺しだ。


 そして……やっぱり最初は委員長あたりからか。


「さっ、こいつを殺してみようか」

「こ、殺してって……いきなり何を言ってるの、空閑君……っ」


 俺が笑顔で委員長にゴブリンの血が滴る石剣を押し付けると、先程から一転して彼女は引き攣ったような表情でそれを返そうとする。


「いきなり? そんなことはないでしょ。この特訓の目的は『ゴブリンを血祭りにあげられる』ようになることだって初めに言ったよね。これはその練習だよ」

「だからって、その、あの……」


 正面から見据えた俺の目に、しどろもどろになりながら委員長は逃げるように顔を逸らした。さっきまではあんなに強気だったのに、あの威勢は何処に行ったんだろう。

 彼女の見た先にいる最後のゴブリンは、抵抗できぬよう手足の関節を砕かれ、万が一にも危害を加えられるよう歯をすべてへし折られ、ついでとばかりに数本の石槍で胴体を地面に縫い留められていた。


 端的に表現して血塗れグロテスク。既にこちらが手を下さずとも、放っておけば勝手に死ぬだろう瀕死状態だ。


「どうしたの? 出来るよね? 出来なきゃ先に進まないんだけど、早くしてくれないかな?」


 この状態ならどこだろうと、適当に刺したり斬ったりすれば仕留められる……のだが、委員長は中々石剣を受け取ろうとしない。はっ、もしかして武器は槍派だったのだろうか?

 ならば仕方ないなーと石槍を錬成して差し出すが、やっぱり委員長は手に取ろうとしない。馬鹿が相手ならこちらが譲らなくとも奪っていくというのに、おかしいな?


「あっ、あの。そ、の……」


 言葉に詰まる。視線が俺の顔と手元の武器とゴブリンをループする。スッと頬から血の気が失せて青白く染まり、肩が震えはじめていた。


「さあ、さあ、さあ」

「で、でも、わたっし」


 脅迫するように、強要するように、強制するように、何度も呼びかける。仮面のような笑顔で幾度となく語り掛ける。お前が行動しない限り状況が変わることはないと。


 生物を殺すことは精神的負担――否、苦痛だ。特に無抵抗な相手では、普通は良心が咎めて易々と出来ることではない。うん、勘違いしそうになるが、通常高校生は喜々として魔物に襲い掛からない。

 それが出来るのは頭のネジが何本か抜けている人間だ。それこそ俺を含めた『社会不適合者』たちだ。


 一方の委員長たちは、まごう事無きキッチリかっちり型にはまった『社会適合者』。だから異世界こっちに順応できずに俺なんかを頼ることになる。


 悪い事ではない。むしろ自慢すべきことだ、誇るべきことだ。

 だけど、致命的だ。だってこれだけ追い詰めても手が出せないでいる。理屈では理解していても精神ココロが拒絶している。倫理観が強すぎる。


 はぁ……まったくさー、なんてこんな異世界に適性ない人を呼んじゃったんだろうね。アホだよ大アホだ。


 そして――いや、しかし、と表現すべきだろう。


「…………」


 果たして俺の手から武器を手にしたのは、委員長ではなかった。

 固く口元を引き結びながら石剣を受け取ったのは、サークラさん――違う、江ノ島さんだ。


「ぇ、江ノ島さん?」


 戸惑いを隠せない委員長に振り返ることもなく、彼女はガクガクと生まれたての小鹿でもまだ立派だろうという足取りでゴブリンの元へと進み――


「……え、えぃい!」

「ギャゴァェッッ!?」


 不格好に倒れ込むように、両手で支えた石剣でその身体を貫いた。

 電流を流されたようにゴブリンの四肢が跳ねる。血が飛び散る。口からは哀れな悲鳴が溢れだす。それでも江ノ島さんは手を緩めない。ギュッと体重を乗せて抑え込み続ける。ゴブリンの鼓動が消え去り、やがてピクリとも動かなくなるまで。


「…………っこ、これでっいいんですかっ」


 しばらくして、ようやく顔を上げた江ノ島さんは笑っていた。顔色も悪く、所々のパーツが引き攣り歪んだ情けない笑みを浮かべていた。けれど立派な笑みだ。


「――十分、十分だよ江ノ島ちゃん! 大丈夫!? 頑張ったね! おめでとう! レベルは上がった!?」

「ふぇえ!? あ、あの!?」

「上がってないの? じゃあもう一匹いこうか、多分それで上がるから! ねぇいいでしょ!? ねぇねぇ!」


 気づけば後ろで見守っていたはずの優奈が駆け寄り肩を抱いていた。これまでの冷淡な態度など微塵も見せない親密な調子で語り掛けられ、困惑した江ノ島さんが目を白黒させている。

 認められたのだろう、あの脳筋に。少なくとも自分が力を貸そうと思える程度には。


 馬鹿に認められたからなんだという話でもあるが、アイツはあれで人のえり好みが激しい。俺に絡んでくる様子からは想像できないが、あるいは俺と同じかそれ以上に人嫌いのボッチだ。自分からは用事があっても滅多に他人に喋りかけることはない。

 まあ、その分周りから勝手に寄ってこられるみたいだが、しつこい奴は全員拳で沈めてきた問題児だ。


 とにかく、これで江ノ島さんについては問題ないだろう。

 彼女は覚悟をきめたのだ。ろくでなしへの道だろうと生きるために歩み続ける覚悟を。


 他者を殺せばレベルが上がる。レベルが上がれば強くなる。強さとはこの世界での生存権だ。

 なにより江ノ島さんは【強欲】スキル持ちだ。殺せば殺すほど、圧倒的な速さで加速度的に江ノ島さんは成長していく。まさしくズルでチートだ。今回だってゴブリンのスキルを奪っている事だろう。


 むしろ、浮き彫りになったのは――


「…………」


 勝手に一人ではしゃぎ盛り上がる優奈と、それに振り回される江ノ島さん。彼女たちとは対照に、死人のように深刻そうな表情で俯き項垂れる委員長の姿が、やけに印象的に俺には映った。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る