第16話 ん? 今なんでもするって(ry
「なっ…………っ!?」
驚いたようだ、ビックリしている、きっと俺が断るとは予想だにしていなかったのだろう。
助けてくれると思ってた、庇ってくれるはずだと考えていた、賛同してくれるはずだと無意識に押し付けていた、だって『私たちはこんなにも可哀想』なんだから。うん、自覚はなかったようだがありありと見て取れた。
呆れるくらいに傲慢だ。人からの親切なんて期待するものじゃないのに。俺には強要された厚意と
これは委員長の悪癖だ、彼女は自分の正義に素直過ぎる。公明正大と表現すればよく聞こえるし実際にそうなのだが、同時に他者にも自らの価値観を強制し共有したがる。
不良たちとのやり取りなんてまさにそれだろう。委員長は自分が正しいと思った行動にためらいがない。
そしてなにより、彼女は本質的に『他人を従える側』の人間だ。だって委員長なんだから。クラスメイトへの命令なんて慣れたものだろう。
自分の頼みは断られるはずがない、何故なら私たちは正しくか弱い存在で、ついでに貴方よりも立場が上なのだから――とまあ、彼女の無自覚な内面はこんな所だろうか。
「な、っなん、で……っ?」
「なんで? なんでって聞いちゃうの? だって委員長、自分の都合ばっかで俺に何のメリットも提示してないよね?」
俺の反論に、委員長は目を見開き絶句した。レアな表情だ。
彼女は美人なのは間違いないが、普段からキツめの顔立ちそのままに気が強く、常に張りつめたような面持ちでいることが多い。そこが良いとのたまう輩もいたが、逆に敬遠する人も結構いただろう。
ついでに女の子を這いつくばらせているこの状況もかなりレアだ。まあそもそも異世界転移自体が滅多にある事じゃないし、むしろ多発してた方が怖いわ!
「メリットって……見返、りを……求める、の?」
「当たり前じゃん、誰だってタダ働きは嫌に決まってるし」
ようやく言葉が飲み込めたのだろう、眦が吊り上がり鬼のような形相になった委員長が睨み付けてくるが、どこ吹く風とばかりに受け流す。
いえ、やっぱり嘘です。滅茶苦茶怖いです。
まあ、ここまで上から目線で内心ボコボコに酷評してのけたが、別に俺は委員長が嫌いなわけではない。むしろよくやっている方だと感心しているくらいだ。
だって、他の誰に同じことができる? 突然異世界なんてわけのわからない場所に飛ばされて、怯え混乱し調子に乗るクラスメイト達を必死に宥めすかし纏め上げ、その大半が有罪だと決めつけているサークラさんを庇って集団を追い出された。
状況に流された方が圧倒的に楽だったろうに、諦めてしまえば楽になれただろうに、委員長は自らの信念を一度として曲げずにここまで来たのだ。
そんな彼女にとって残念なお知らせだったのは、逃げ出した先で出会ってしまったのが社会不適合者と馬鹿の二人組だったことだ。ここ一番で外れくじを掴んでしまった運の悪さだけは同情しよう。
もしも遭遇したのが一般的な感性の持ち主であれば、何の問題もなく委員長に協力していたのだろう。よくできた物語のように、運命に導かれた主人公が如く、心強い味方を手に入れられていたはずだ。
――うん、そんなのはごめんだよ。
何故なら俺は空気が読めないんだから。定められたレールなんて走らずにワザと脱線させてやるくらいは平気でする。だってなんか気持ち悪いし。主人公ムーブは他所でやってくれ。
情に縋る相手を間違えたことが、委員長にとって最大にして痛恨のミスだ。
「そもそも、そんなことを気にしてる余裕が委員長たちにあるの? 明日とも知れぬ命で明後日の朝食のメニューを考えるくらい間抜けな状況だからね?」
「なっ、にを――」
「食事はどうするの? 寝床は用意できる? 襲い掛かってくるゴブリンはどう処理するつもり? きっと頭の良い委員長ならとっくに全部解決策を用意してるんだよねー?」
「それはっ…………」
彼女たちが直面している問題をざっと思いつくだけでも上げてみれば、委員長は口を噤み悔しそうに唇を噛み締めた。
答えられない。答えられるわけがないのだ。だって彼女たちは現状紛れもない弱者だから。異世界で役に立つ知識も
だけどそれを正直に口にすることはプライドが許さない。だから黙り込むしかない。
考えていなかったわけじゃないだろう。だが、考えても答えなんか出なかった。ゆえにあえて考えないようにしていたのかもしれない。後回しにして先延ばしにしていたツケがここで巡ってきた。
「いずれっ……きっと、この恩は返すから……だから――」
「いずれっていつさ? まだ何か勘違いしてるみたいだけど、俺たちだってこの森での生活は命がけだよ? それなのにプラスで足手纏いの面倒を見る余裕なんてないからね」
この期に及んで形のないあやふやな貸し借りで済まそうとする委員長へ、突き放すように告げる。担保もない空手形を切られても、不良債権過ぎてこっちが困るわ。
実際はただのゴブリンだけなら恐らくどうにでもなる。穴を掘って陣地を拵えれば彼女たちを護衛しながら戦えるのかもしれない。
しかし、それでもあのボスゴブレベルが複数出てこられると厳しい。二体なら俺と優奈で相手してギリギリ、三体目以降は尻尾を巻いて逃げ出すしかない。
だが、あいつらには取り巻きの下っ端ゴブリンがついているし、いなくても周囲から勝手に呼び寄せる。その数次第では俺たちすら逃げきれるか賭けになるだろう。そうなると足の遅い奴を囮に見捨てるしかなくなる……守るための人手が足りない。
俺たちと一緒に行動するとはつまりそう言う事だ。あいつら以上の魔物と確実に戦う事になる。そうなる道が俺の行く先だ。
優奈は大丈夫だろう。こいつは既に異世界に適応している。この野蛮な環境での蛮族生活に馴染み切ってる。だけど委員長たちは違うはずだ。
ついてこれば確実に彼女たちの中から死人が出る。もしかすると全滅するかもしれない。
犬猫だって拾えばその時点で責任が発生するのだ。いわんや人となればその重さも限界突破して体重計もメーターが吹き飛ぶほどだろう。実際犬猫よりも重いだろうし?
そしてこの話を彼女にすることはできない……だって女子に体重の話は絶対タブーだ!
まあ、とにかく女子さんたちに対しては責任が取れない。だから手は出さない。至極当然な論理帰結だな。
「残念だなー、本当に残念だなー、凄く残念だなー。もっと俺に力があったら委員長たちを助けられたんだけどなー。しくしく?」
とても悲しい現実に零れて来た涙をハンカチで拭おうとし……そう言えばさっきサークラさんに使ったのを思い出して制服の袖に切り替える。
「待って……ちょっと待って……っ! 染園さん、からも……何か!」
「私に言われても知らないよ、だって委員長たちが弱いのが悪いんだもん。弱いのはただそれだけで罪なんだから」
「そんな……っ!?」
委員長は俺への説得が無理だと悟ったのか、焦燥しながら矛先を優奈に変える……が、すげない言葉で振り払われた。彼女を見下ろす優奈の目にはどんな色も映っていない。
仕方ないね、だってコイツ脳筋だから。判断基準が腕力に寄っているのだ。きっと今の委員長達には、わざわざ労力をかけて助けるだけの価値を認めていないのだろう。その辺りの感覚は俺なんかよりもずっとシビアだ。
「というわけで? そういうわけで? こんなわけで? 皆々様とはやむを得ない決別と相成りました。音楽性の違いでもあったのかな? 今後ますますのご健闘をお祈りします?」
ぺこりと頭を下げて丁寧にお断りする。きっとこの心尽くしの心遣いには、委員長に交渉をまかせていた他の女子さん達も感動したのだろう。口々に口を開いて姦しく喋りだす。
いや、だから無理だって。ムリムリムーミン? きっとあの谷への異世界転移なら委員長たちもこんなに苦労してなかっただろう。俺も緑の服着て呑気にオカリナ吹いてただろう。あれ、これは別人だったっけ?
「――あ、あのっ!」
と、そこで今まで無言で考え込みながらこちらの趨勢を窺っていたサークラさんが大声を上げる。その普段の気弱な態度とかけ離れた様子に、俺を含めたこの場の全員が驚き動きを止めて彼女を見つめた。
それら視線に一瞬だけ怯んだ彼女だったが、すぐに覚悟を決めるように一拍息を吸い、俺の顔を力強い目で睨むように見据える。
「わ、私……なんでもします、から。その、エッチなこと……でも。だから、だから、助けてください!」
――ん? 今なんでもするって言ったよね?
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