第15話 その名に偽りはなかったみたいだ

 



 くだらない話だった。そして心底つまらない話だった。


 それは大層ありふれた顛末で、至極順当な結末で、極々妥当な終末ですらあった。きっと地球でこの体験を小説にして発表しても、『テンプレ乙』という感想しか返ってこないくらいに予想出来てしかるべき話であった。


「はぁ~、殺されちゃったの? オタク達と不良どもが? それで残りの連中に犯人扱いされて逃げてきたんだ?」

「ぅ、ぅぅ……」


 聞き取った情報を確認するよう呟く俺の台詞に、地に倒れたままの少女たちが怯え縮こまるよう身動ぎする。しかしそれすらも痺れた身体では上手く出来ず、まるで芋虫のように無様にもがくだけだった。


 魔物との戦いで死んだのではなく、逃れ得ぬ事故ですらなく、人の手によって仲間が殺された。


 それが、委員長たちが他のクラスメイト達と決定的に袂を分かつ事になった原因。まず間違いなく、彼らは同じクラスメイトの誰かに殺されたのだと彼女は断言した。

 そう判断された理由は、クラスメイトの一人が持っていた【結界術】というチートスキル。これによって、彼らが拠点としていた場所には『人間以外進入禁止』の制約を付与した結界が張られていたらしい。


 それゆえに、誰もが安心しきって眠っていた夜間での凶事。目撃者は一人もおらず、翌日の早朝になってから事件は発覚したようだ。

 そして、唯一大怪我を負いつつも生き残った被害者の一人が、自分たちを襲った犯人を名指しで指名した。


「ふーん……まあ、こんな異常事態だし? あり得るかもとは思ってたけどね」


 今度こそ女子さん達の身に起こったすべてを、一切の偽りなしに聞きだした俺は、肩を竦めながら一つため息を吐く。

 その可能性があること自体は考えていた。だからこそ、俺はクラスメイト達から離れたのだから。集団転移からのサバイバルとデスゲームは鉄板展開だよ?


 俺の見つめる視線の先では、目下その事件の犯人と見なされている少女が、目尻に涙を浮かべて震えている。


 気弱そうな少女だ。そして可愛らしい少女でもある。


 小動物じみた垂れ目に、ショートボブの髪。背丈は優奈ほどではないが低く、手足も華奢で細い一方、身体の極一部分だけは男の目を引くほどに成長していた。うん、ご立派な胸部装甲モノをお持ちのようで?

 その容姿と体躯、何よりオドオドとした態度も合わさって、一般的には何処か守ってあげたくなるような雰囲気があるのかもしれない。


 第一印象で語るならば、とてもではないが彼女には人を殺せる度胸などないだろう。けれど、そういった人に限って腹に一物を抱えているのかもしれない。

 うん、そう考えれば何だか腹黒そうにも見えてきた? どことなくサークルクラッシャーの匂いがプンプンと?


「それで、実際のところはどうなのさ? 男子たちの下卑た目つきに我慢できなくて、ついカッとなってっちゃったの?」

「そんなっ、こと……っない! 江ノ島、さんっ……はっ! ちが、うっから!」


 考えてもわからないので直接尋ねてみれば、本人ではなく委員長の方が呪い殺してきそうな目つきで睨んできた。だからその目が怖いんだって! 馬鹿もビビってるじゃん!

 あと、どうでもいいが容疑者な彼女は江ノ島さんと言うそうだ。確かにそんな苗字の生徒が、同じクラスにいたような気が無きにしも非ず? 下の名前は何だろう?


 まあ、彼女とは特別仲が良かった訳でもないし? よくよく顔を見てみれば、数回だけ会話したような記憶が微かに……っていうか、むしろボッチだから仲が良い女子自体が存在しなかったよ!


「べ、別に名前を覚えてるクラスメイトが馬鹿くらいしかいない訳じゃないんだからね!?」

「「「え……?」」」


 揃ってきょとんした顔をされた。せっかくツンデレ風に誤魔化してみたのに、どうやら委員長たちには通じなかったようだ。

 そう言えば、残りの女子さんどころか委員長の名前もわかんないけど? まあ委員長は委員長だし、委員長でいっか?


「ごほんっ、それはともかく。むしろ、えー……江ノ島さん? は、ホントにそのスキルを持ってるの?」

「……っ! ……は……い」


 話を戻して聞いてみると、今にも泣きそうな顔をしていた江ノ島さんが、グスグスと鼻を鳴らしながら消え入りそうな声で肯定する。


 普通ならば、例え被害者本人とは言え、こんな虫も殺せなさそうな女子を殺人の容疑者に仕立て上げるのには無理がある。

 けれど、彼女にはその証言に信憑性を持たせられるだけの理由があったのだ。


「わっ、わた……だって、こんな……こと、願って……違っ、そう、じゃ…………っ」

「ちょ、まっ、あー! わかったわかった! わかったから泣かないでよ! ほら、委員長が物凄い顔で睨み付けてきてるから!? もう般若が裸足で逃げ出すような怒気が伝わってくるんだよ?」


 ちょっと女の子が見せちゃいけない顔で、委員長様がニッコリと笑う。本来、笑顔とは相手を威圧するためのもので、牙を剥く行為が元になっているという説を身をもって理解できるような素敵で素晴らしい笑みだ。


 まったく、流石サークルクラッシャーは卑怯極まりないな、場を味方につける術に長けてやがる。これじゃあ俺が悪いみたいじゃないか。残りの女子さんたちと、ついでに馬鹿までもが俺を責めるような眼差しで見てきてい……いや待て、前者はともかく、優奈はこっち側だったよな!?


 しょうがないので膝をつき、涙を零すサークラさんの頬をポケットに入れっぱなしだったハンカチで拭う。いや、一応ちゃんと毎日洗ってるからね? 水洗いだけど?


「はー、それにしても【強欲】かー。やっぱり持ってる人がいたんだねー」


 強欲。

 それは最強のスキルを決めるとすれば、必ず挙がってくる能力の一つ。最も有名で強力で人気のあるスキルだ。


 なにせ、このスキルは他者のスキルを奪う。どれほど希少で貴重で稀有な能力だろうと盗んで自分の物にする。だから強い、圧倒的なまでに最強だ。

 逆に、奪われる方からすればたまったものではないだろう。自身の生まれ持った才能が、これまでの努力の結晶が一瞬で泡と消えるのだから。


 自分は弱くなり、相手は強くなる。ゆえに【強欲】持ちは嫌われる。


 昨今、【強欲】を題材として取り入れたアニメや漫画、小説は多い。多少の名称は変われど主人公の能力として、あるいはそれに敵対する悪役の能力として、そのスキルはあまりに知名度が高かった。


 しかも聞けば、よりにもよって彼女の【強欲】は相手を殺して奪うタイプらしい。まあ、本人の内気で臆病な性格が足枷になってこれまで一度も活用できていなかったらしいが、それでも恐ろしい事には変わりない。せめて他の条件ならなー。


「あー、そう言えば江ノ島さんって図書委員の上に文芸部だっけ? うん、何度か図書室で見かけたのを思い出したよ」


 俺の高校内における安息の地エデン、図書室。脳筋な馬鹿が寄り付かず、居たとしても騒がず静かにすることを強要できる大変に便利な場所である。そう言えばあの小説の続巻、まだ読んでなかったんだよなぁ……。


「そんなスキル持ってるなら、疑われるのも仕方ないよねー。でも、それだけでも少しばかり根拠が薄いような気がするんだけど?」

「その……えの、しまちゃんは……男子たち、に……言い寄、られてて…………」

「うわー……最悪じゃん」


 今まで黙っていた委員長以外の女子さんからの発言に、思わず手を当てた口から呟きが零れた。ドン引きですわー、そんなの犯人扱いされても仕方ないじゃん。うん、俺だってそう思う。


 つまり彼女たちの説明をまとめると、


・クラスメイト達の先導者が、委員長たちからオタク不良連合に入れ替わる。

・調子に乗ったオタクと不良たちがサークラさんを強引に口説く。

・しかし、そんな彼らは先日何者かに殺された。

・生き残った一人がサークラさんを犯人だと告発。

・サークラさんは【強欲】スキルを持っている。


「…………よし、自首しようか?」


 謎は全て解けた! じっちゃんの名に懸けて? 真実はいつも一つかもしれません?


「だっ、から……ちがう、って言って、るでしょ……っ!」


 厄介ごとを解決できて満面の笑みを浮かべる俺に、相変わらずの委員長が凄まじい形相で噛み付く。なんだか先程から委員長の野獣化が著しい気が……はっ、まさか馬鹿が伝染している、だと!?


 ――と、まあ。あまり愉快ではない想像は置いておいて。


「なんで委員長はそこまで断言できるの? ぶっちゃけ、これって犯人扱いされて何らおかしくないよね? だって動機もあって被害者が証言してるんだよ?」


 訝しげに眉を潜めながら、必死にサークラさんの無罪を主張する委員長に問いかける。おかしい、いくら何でも迷いがなさすぎる。

 普通に考えれば、サークラさんはオタクと不良たちによって損害を被っており、居なくなって得をするどころか彼らの持っていたチートスキルまで奪えるのだ。本命にして本決まり間違いなしである。


 サークラさんを筆頭に、女子さん達五人はクラスメイト達から逃げてきた。つまり、こんなほぼ有罪確定な状況でも彼女たちはサークラさんの無実を信じている。

 本人は当然だろう。残りの三人も学校ではサークラさんと仲良さげに話している姿をよく見かけたので、これまで付き合ってきた友達を信じているのかもしれない。もっとも、現状ではその信頼すらやや揺らいでいるように感じるが。


 だけど、委員長だけは別だ。彼女たちとは所属していたグループが違う。

 なのに味方をしている。【感応】でもまったくサークラさんを疑っていない。心の底から彼女の無罪を確信しているようだった。


「だ、って、だって……江ノ島さんっは、うそついて、ない……からっ!」

「……もしかして委員長って、『嘘を見抜く』スキルとか持ってる?」

「っ、……っ、っ!」


 上手く喋れないからだろう、俺の問いに何度も不格好に頷く委員長。わぁーぉ、これは面倒臭い対立構造になってきたぞぅ。


 確かに、委員長の性格であればそのようなスキルを得ていてもおかしくない。不正と不公平を何より嫌い、常に公正平等をむねとする彼女であれば、あの『声なき意思』にそう願い出ることは決して考えられなくはなかった。


「わたしはっ……江ノ島、さんのっ、無実を、証明し……たいっ!」


 委員長が俺の顔を見上げる。まだ満足に動けないはずなのに、歯を食い縛り、地面の土を細い指で握りしめて、その瞳を赫々かくかくと燃やす。


「だかっ、ら……おねが、い……私たちを、助けて……っ!」


 きっと、身が引き裂かれるほどに悔しいのだろう。自らの力不足で誰からも信用されず、この異世界で唯一と言ってもいい仲間内から追い出されて、あげくに他者に縋ることしか出来ない自身の現状が、途方もなく口惜しいのだろう。


 それでも、願った。サークラさんの嫌疑を払拭することを。

 そのためにほとんど言葉を交わしたこともない相手に下手に出て、屈辱的な格好で嘆願する羽目になっても委員長は切望したのだ。


 その、望みを――






「やーだよ、そんな面倒なこと」


 ――俺は、鼻で笑いながら断った。



 

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