アルゼラ書

アルゼラ書:第一節

 セラがニアタとフリエステの星を原動天へ送ったその時、それまで真昼であった空が黒く染まり、夜の中に陽が輝く有様となった。そして徐々に陽の光が弱くなるにつれ、瞬く星々の姿が次々に現れた。

 陽を明るくしようと、セラは空へ矢を放ったが、矢は天へ昇ったきり、燦然と輝くことはなかった。

 彼女はアルゼラの気配のする方を向いて歩き出した。すると、はるか彼方から一隻の船が空を飛び、やがてセラの前で着陸した。見ればそれはハルミラ号であった。

 セラが船に乗り込むと、夜の空から声がした。

「その船に乗って、私の元へ来るといい。我が名はアルゼラ。かつて貴女がエルシエルであった頃、最も輝くべく、最上の天に置かれた者」

 ハルミラ号の舵がひとりでに動き出し、船は宙に浮いた。陽と星が輝く中で浮かぶ船を見て、人々は息をのんだ。船が都の空を飛ぶ中、アルゼラは語り掛けた。

「ハルミラ。彼は人と交わりを持つ中で、生きることの楽しみを共に得ようとした。彼の尊い思いは今、貴女の乗っている船の名に受け継がれているようだ。


 マイア。彼は自分が生まれついた星の巡りを呪い堕天使となった。彼自身に人の病を癒す力はなかったが、巡った星の償いのために彼はニアタの図書館に通いつめ、ついに癒しの力を手に入れた。彼の尊い思いは今、貴女の命、そして私の正気に息づいている。


 ハドメル。彼はハルミラの双子の兄だ。弟のやりたいことを叶えるため、人間にさほど興味を持っていなかったにも拘らず、彼はついてきてくれた。彼の尊い思いによって、この都に住む全ての者は雨風や暑さ、寒さに苛まれることなく、安息のうちにいられることとなった。


 カリギリ。彼は僕を慕って共に堕天使となってくれた。星々を引き連れてこの地へ降り立った私の前に、いつか戦いが起こることを予見していたのだ。彼の尊い思いによって、この都は広い土地を得、そして私の不徳故に苦しめることになってしまった。


 フリエステ。彼女もまたハルミラと同じように、人と触れ合うことを望み、言葉を交わした。あの区画は我々の中では特に異質なものだったが、人間の進化の可能性を見るうえで、あれほど参考になった区画はなかった。


 ニアタ。私を愛してくれた天使。私が抱えきれなかった狂気を肩代わりし、私が夢の中にある間もこの都の運営を続けてくれたひと。彼女がノアズノルから伝えられた愛を私は受け止めることが出来なかった。この私に、語る資格はない。


 シトーリュカ。私の狂気、ニアタの願望。我々の子。無明の天使。セラ・フレイオルタの仇。我々堕天使の所業は、突き詰めると彼の所業と一致するのかもしれない。この夢により、私は理解したのだ。戻った正気が語り掛ける、いいや、千五百年も前から気づいていた。あの天にいた時が我々にとってどんなに苦痛であろうとも、やはり我々は地にあるべきではなかったと」


 ハルミラ号の行く先に、区画の壁が見え始めた。壁はひとりでに開き、船を招き入れた。アルゼラは言った。

「だが、星は逆さに巡ることはない。全ては手遅れなのだ。それは、貴女もだ、エルシエル」

 アルゼラの区画は、立ち並ぶ墓標により白く輝いていた。その一つ一つに煌びやかな羽が供えられ、よりまばゆい光を放っていた。

 墓標に備えられた羽がひとりでに浮き上がり、一つの方向へ、アルゼラの下へ集まるため、光の橋を成した。やがて光の流れは途絶え、区画の深きより、煌びやかな羽のアルゼラが現れて言った。

「ここに立ち並ぶ墓標にかけて誓う。煌びやかな羽、星空をこの身にたたえる者、支配する者、夜の天使、この都の主の名に懸けて、セラ・フレイオルタ、貴女を倒すと!」



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