星伐記:ニアタ書

ニアタ書:第一節

 フリエステの身体と力を奪ったシトーリュカを倒すための方法を見つけるため、セラはフリエステの区画を脱し、ニアタの区画を目指すことにした。それは、ニアタが情報の天使である故、この世のあらゆる物事を彼女が自らの区画に収めているためである。

 逃げるハルミラ号を追うシトーリュカであったが、フリエステの抵抗によって、その身体は思うように動かなかった。ハルミラ号はその間にシトーリュカとの距離を離し、ニアタの区画を囲む外壁を望むまでの距離に迫っていた。

 セラは言った。

「師よ、ニアタはいったい、どのような天使なのですか」

「何を考えているのかが分からなかった。都を過不足なく運営するという点において彼女の情熱は捧げられていたが、それが何のためであるのか、私には分からなかった」

「ニアタは、いったいなぜこの地に堕ちてきたのでしょうか」

「それは私にも分からない。なにせ、彼女は共に地に堕ちてから人と望んで交わることもなく、かといって我らと話すことを望むでもなかったのだから」

「ニアタは、強いでしょうか」

「彼女に戦う力は殆どない。お前が最初に倒した美の天使、ヴァルドよりも弱いと言える。だが、それでいて彼女は最も強い天使とも言える」

 セラが理由を問うので、山の賢人は続けた。

「彼女は、現在と、過去に起こったことのありとあらゆることを知っている。何かが起これば、それは彼女の知るところとなる。そして、知りえたことから、新たに価値のある情報を組み立てることも可能だ」

「つまり、私やトールディン、師の戦う姿を見ることで、その情報から弱みを引き出すと?」

「その通りだ。ニアタが知りえた情報をもとに寸分の狂いもなく戦えば、我々が勝てる道理はない」

「ですが、それは向こう側にも言えることなのでしょう。シトーリュカの弱みもまた、同じようにニアタが見抜いている、と」

 船のへさきに立って前方を見つめていたトールディンが問うた。

「あの天使を倒すための方法は、どうやって手に入れる。ニアタを倒せばいいのか?」

「ニアタの区画は、巨大な図書館のようになっている。膨大な書物の中から目当てのものを見つけるため、至る所に索引械さくいんかいと呼ばれるハドメルのが設置されている。それの指し示す場所へ向かえば、我々の目当てに出会えるはずだ」

「だが、おれがニアタなら、敵に使われると分かっていて、索引械とやらをそのままにはしておかないぞ」

「その通りだ。そして、彼女はすでに我々が区画を訪れることを知っているだろう。故に、そのままでは索引械は一つとして使えないものと思った方がいい」

「では、どうする?」

「結局、ニアタと戦うことになるだろう。索引械はおそらく、ニアタの目か、指によって動き出すはずだ」

「奴はどこにいる?」

「何とも言えん。ニアタの区画は、絶えず彼女から湧き出る知識を収めるため、増改築を繰り返している。そのため、およそ千二百年も前に訪れた私の記憶など、当てにはならないだろう」

「行ったことがあるのか」

「この身が、地の生き物に病を振りまくだけだった頃のことだ。私は彼女の蔵書を読み、その内容を実践することで、病や傷を癒すための術を手に入れたのだ」

「こちらの脅威となりうるものは?」

「ハドメルのが区画のあちこちにいるので、見つかれば即座に戦いとなる」

「全てが、防衛用のというわけでもなかろう」

「その通り。主に四つのが存在する。彼女が知りえた情報を即座に書き留めるための記述械きじゅつかい、それを編み、本とするための編纂械へんさんかい、本を管理するための司書械ししょかい、侵入者を拒む武装械ぶそうかい

「そのどもと、ニアタの位置の関係は?」

「司書械はどこにでもいる。武装械は入り口と、ニアタに近づくにつれて多くなる。記述械と編纂械はニアタの近くにあらねば役に立たない」


トールディンが山の賢人から区画の様子をあらかた聞いたところで、ハルミラ号の後方から風を切る音がした。見ればそれは漆黒の翼であり、紛れもなくシトーリュカの姿であった。

ハルミラ号とシトーリュカはともに速度を増し、わずかの後に区画の壁を破った。ハルミラ号が着地し、セラとトールディンが降りると、山の賢人は言った。

「セラ、トールディン。お前たちは情報を探せ。この、悪辣な天使を倒すために」

二人は頷くと、区画の奥へと進んだ。シトーリュカもそれを止めなかった。二人の姿が見えなくなった頃、シトーリュカはせせら笑った。

「死ぬ覚悟でも出来たのか?」

「そんなものはしていない。殺す準備ならとっくにしているが」

すると、シトーリュカの腕が落ちた。脚が崩れた。見目麗しいフリエステの身体が見るも無惨な姿になり、山の賢人はなお病の霧を撒き続けた。

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