イヴリス書:第二節
セラ達が区画に残ることにしてから十日が過ぎた頃、トールディンは人々と共に瓦礫を片付けていく中で、一つの光るからくりが埋まっているのを見つけた。その場にいた者でそのからくりを掘り起こすと、それはかつてハドメルがイヴリスの代わりとして用意していたらしき女たちの一人を、生かすためのもののようだった。
さらに地中を見ると、同じような形をしたからくりがあったものの、どれもが瓦礫に押しつぶされ、腐臭が漂う有様だった。そして、最初に掘り起こしたからくりもまた、その機能を終わろうとしていた。そのため、トールディンはそれを担ぎ上げ、山の賢人のもとへと運んだ。
彼は区画に残った小さな塔で、人々を癒していた。トールディンが大きな荷物を抱え、その後ろに大勢の人間が集うのを見て、山の賢人は言った。
「祭りなら場所を間違えている。ここは病み、衰え、傷ついた者を癒すための場所だ」
トールディンは言った。
「そうか、ならばちょうどいい。おれが担ぎ上げているのは、まさに衰えた者だ」
ちょうど、トールディンが担ぎ上げたからくりを山の賢人に見せた時、騒ぎを聞きつけ、イヴリスがやってきた。
「何事だ、昼間から騒ぐなど」
そう言うと、からくりの中の少女の顔を見て、イヴリスはひどく驚いて言葉を失った。山の賢人が「私を止めるか、否か。お前の意思を尊重しよう」と問うので、イヴリスは僅かな迷いの後、少女を癒す手を止めないことに決めた。
山の賢人に癒された少女は、その日の暮れには起き上がり、歩き回るようになった。少女は話しかけられても一言も答えず、また表情も変えないので、夜が更ける頃には誰も話しかけなくなってしまった。
イヴリスは一言も話しかけることなく、しかし自分と同じ顔をした少女を視界に捉え続けていた。
その翌日も、イヴリスは少女を目で追い続けた。少女はあてどなく歩き続け、周りの男たちがするように瓦礫を持ち上げてはどこかへ放り投げた。
すると、多くの子供達を連れたセラが通りがかった。人々が瓦礫を整理し、ハルミラ号を修理している間、セラは人々の子供達を引き取り、遊んでやっていたのだった。
セラが歌を口にすると、周りの子供達もそれに倣った。
国の外れにある山は 霧の深きに立ち入らじ
流浪の果ての賢人が 霧を好んで住み着いた
ある時女が戸を叩き 賢人これを追い返し
彼女が一晩粘るので 胎から娘を取り出した
娘は母の胸に抱かれ 星を掴む夢を見る
遠く淡き在りし日の 手の温もりを星に見る
セラが、少女に来るように言うと、少女は口を開き、かすれるような音を立てた。その様があまりにもたどたどしく、似ても似つかないので、一人の子供が面白がって言った。
「『もどき』の歌だ。お前の親はどこにいる」
少女が何も答えなかったので、周りの子供が囃し立てた。セラが止めようとするたびに、子供たちは面白がって騒いだが、少女が気にも留めずに歌い続けるので、子供達には大層気味が悪く思われた。
「すごいわ。歌うたびに上手くなっている」とセラは言うものの、少女の耳に届いているかは分からなかった。やがて、セラは散り散りに駆けた子供たちを追いかけてその場を去った。
イヴリスはこの始終を見たので、周りを見渡し、自らもまた「もどき」と思われていると疑念を駆られた。そして、少女から目を離し、誰もいない場所へ駆けて行った。
その日の夜、イヴリスが一人、焚火に当たっていると、山の賢人が酒をもってやって来た。イヴリスは言った。
「こんなところに、一人で何をしに。遠くに、宴の明かりと声がある」
「人と飲むと潰してしまう故、程々に辞去することにしたのだ。人の隣にいるのは楽しいが、気を遣うのはなかなか難しい」
「彼らは、私のことを何か言っていたか」
「はて、酒のせいで覚えていない。言っていた気もするし、そうで無い気もする」
「あの娘は見たか」
「いや、知らん。お前がずっと見ているものと思っていた」
イヴリスが言葉を詰まらせたので、山の賢人は続けた。
「詰っているわけではない。自分と同じ顔の娘が地中からぽっと生まれたのだ」
「何者から生まれようとも、その者を殺す理由にはならない。セラの言ったことが胸に刺さった」
「この先、お前に開かれる道は二つ。気の遠くなるような時間を孤独に暮らすか、寄る辺を見つけて共にあるか。おそらく、あの娘はこのままでは、孤独を感じる間も無く命を落とす」
イヴリスには、少女が一人で死ぬ様がたまらなく悲しく思えたので、思わず涙を流した。山の賢人は酒を飲み、続けた。
「私はかつて数百年、人との交わりを絶ってきたが、セラの母がやってきてからというもの、日々が輝かしくて仕方ない」
「私も、そうなれるだろうか」
イヴリスが問うと、二人分の足音が聞こえた。見ると、そこにはセラと少女が立っていた。
セラは言った。
「この子、名前はなんと言うの」
イヴリスは駆け寄り、少女を抱いた。
「リーズ、あなたはリーズ。共に生きていこう、何者から生まれようとも」
リーズと名付けられた少女は言った。
「イヴリス、お姉さま。私が生きることを許してくれてありがとう」
セラは言った。
「師よ、上手くいったようですね。ただ、酒を飲みながら話せと言った覚えはありませんが」
「許せ。酒でも飲まなければ、恥のあまり言えぬこともあるのだ」
イヴリスは言った。
「セラ、全てあなたの思ったことなのだな。礼を言う。私は、この子と共に生きていく。たとえ、この区画に居場所がなくとも」
「そう。けれど、彼らはそう思っていないかもしれません」
その夜、区画中でリーズの名付けを祝う宴が開かれた。セラが舞いを、トールディンが分身と曲芸を披露し、山の賢人は飲み比べをして大いに沸かせた。
こうして二十日が経ち、ハルミラ号はイヴリスとリーズが率いる区画の民によって修繕され、セラ達は次の区画へ向かうこととなった。
別れの間際、イヴリスはセラの手に口づけし、言った。
「全てが終わったら、私達を呼んでくれ。きっと役に立ってみせる」
リーズが真似をしてセラとの口づけをせがんだので、セラは笑って応えてやった。
今でも、原動天の技師にハドメルの区画からの出の者が多いのは、イヴリスがセラへ仕えることを望んだためと言われている。
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