星伐記:イヴリス書
イヴリス書:第一節
セラ達がハドメルの区画を出ようとハルミラ号を呼び出した時、山の賢人は言った。
「この船は大きく損傷している。とても次までは保たないだろう」
すると、イヴリスが言った。
「その船の修理、我々が受け持とう。我らはハドメルから解放された恩があり、それに報いるためのからくりの技術がある」
「それはありがたい。どれほどかかるか」
ハルミラ号は銀翼火鳥の砲撃と、着地の衝撃に打たれたがために、虹の翼は折れ、側面も損傷していた。イヴリスは言った。
「一月、いや、二十日を見てほしい」
これにセラ達は同意し、二十日の間、ハドメルの区画に残ることとなった。
船の修理が決まった日の夜、トールディンは山の賢人を区画の外れへ呼び出した。すると、トールディンは山の賢人に頭を下げた。
「山の賢人よ、おれのことを許してほしい」
「何故、そう頭を下げるのだ。そんなことをされる謂れなどどこにもない」
「いいや、人を助けるため、無謀を犯そうとしたおれを、あなたは止めた」
「からくりに囲まれた時か。確かに、止めなければお前は死んでいただろう」
「その時、おれはあなたのことを堕天使と罵った。その無礼を許してほしい」
「なんだ、そんなことか。事実なのだから仕方ない。お前は人として当然のことをしようとし、人として当たり前に怒りを覚えたのだ。それを誰が責められよう」
「山の賢人よ、もう一つ、頼まれてはくれないか。おれに魔術の稽古をつけてほしいのだ」
「構わん。だが、それはお前の望む力と、なぜそれを望むか次第だ」
「シトーリュカを前にしたときとこの区画で、おれは毛程にも役に立たなかった。だから、もっと強くならなきゃならない。数多、この身に着けている、怪物達から作った武具だけでは足りぬのだ」
「理由は分かった。では、お前はどういった力を望むのだ? 魔術は、意志の力をもって、この世界を改変する術だ。つまり、お前が想像できないことは魔術でも起こりえない」
「どんな敵も、圧倒して倒す力だ」
「どのようにだ? 今のお前は結果ばかりを求めていて、その実、自分に何ができるかが分かっていない。自分を見つめ直せ。五日の後、答えを聞こう」
その翌日、トールディンが思案しながら区画を歩いていると、話しかけてくる者があった。
「そこの人、手が空いているなら手伝ってはくれないか」
見れば、それはイヴリスであった。
「すまないが、今は他をあたってくれ。こう見えておれは今忙しい」
「そうか。邪魔をした。こっちも見ての通り、あたり一面に瓦礫が転がっているので手が回らない。その気になったら手伝ってくれると助かる」
「分かった。後で向かう」
その後、トールディンは区画を歩いては、午前に五度も同じことを言われるので、とうとう、イヴリス達を手伝うことにした。力自慢であった彼は人々に大いに喜ばれた。イヴリスは言った。
「トールディン、あなたもなかなかのつわもののようだな」
「お前の仲間を誰一人として助けることのできなかった役立たずだ」
「あなたの価値がその腕だけにあるとは思わない。セラから、かつて人々を護り、まとめていたと聞いた」
「そんなものは成り行きだ」
「本当にそうだろうか。わたしも生まれながらにして与えられた役柄、この区画に住む人々をまとめてきた。人の上に立つというのは、それだけで大変なことだ。あなたにはきっと、それだけの才覚があるのだろう」
「たとえ上に立つ者がいようと、結局はその土台を支える者がいなければ何の意味もない」
「なら、今日は昨日の分まで助けてほしい。そうすれば、明日にはもっと多くの人が救えるはずだ」
それから三日続けて、トールディンはイヴリスや区画の人々と共に、ハルミラ号や住居の修繕に手を貸した。そうしていくうち、あまりにも人手が足りず、イヴリスが指揮を執る者も足りないとこぼすのを聞き、彼は自分があと数人いればと思うようになった。
その夜、トールディンは山の賢人のもとへ向かい、自分を増やす魔術のことを伝えた。すると、山の賢人は言った。
「よかろう。お前の身に流れる血はカリギリのもの故、あらゆる武器を適切に使いこなす力を備えている。怪物達から作られた武具を手にしたお前が何人もいれば、それだけで戦況は大きく変わるだろう。それに、人手が増えればそれだけ役に立つ」
こうして、トールディンは山の賢人から助けを受け、分身の魔術を会得するに至った。これはイヴリス達を助けるのに大きく役立ち、人々に一層喜ばれた。
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