ハドメル書:第四節

イヴリスがハドメルによって作られたと知るや、人々は口々に彼女を罵った。

「仲間を返せ、紛い物! かの堕天使に作られた女なら、人を解放しろと懇願してみろ!」

人々はいきり立ち、悪罵は激しさを増し、遂には石が投げられた。すると、セラが「矢のない弓」で石を弾き飛ばし、地に線を引いて言った。

「この線を越えるものは焼き払う。イヴリスがあなた達にいったい何をしたというの。この中で、イヴリスに家族や仲間を直接、奪われた者のみが石を投げなさい」

人々は黙りこくり、石を投げるために挙げた腕を下ろした。

セラは言った。

「イヴリス。あなたが何のために生まれようと、また誰に生み出されたにしても、結局はあなたが何をしたいかです。ハドメルの言葉に屈し、自分を人ですらなかったと思うなら、私はあなたをそっとしておきます。

ハドメルの支配が間違いだと思う心が未だ折れず、立ち向かうつもりであるなら、私は矢をつがえます」

「たとえ作られようと、私の意思は私のものだ。ハドメルの筋書きによって動かされたとするなら、その通りに進み、その先にたどり着いてみせる」

すると、ハドメルの声が轟いた。

「ならば相手をしてやろう。すでに筋書きは終わりの章へと行を移した。セラ達の力を借り、イヴリスは仲間の犠牲を乗り越え、見事に我の前へ姿を現す……よい、全てこれでよい」

「では、その姿を見せよ」

「いいだろう、我が示す道のりに沿って進むがいい」

トールディンが罠を疑ったので、セラは「矢のない弓」と「月の鏡盾」を使い、続く道のりの先に矢を放った。矢は何にも当たることがなかったので、イヴリス達は進むこととした。


ハドメルは言った。

「堕天した我ら七人は、時が経つにつれて人に文明を授け、栄えていった。

近づきの印に享楽を。

享楽に耽るための寿命を。

寿命を全うするための土地を。

土地を得るための戦いを。

戦いを遂げるための意志を。

そうして得たものを管理するための施策を。

五百年前の我らは絶頂期にあった。だが、後は降るのみだ。人の進化は道を外れたとし、神々が怪物を遣わした。その結果、我々はおかしくなったのだ。

だからこそ、我は思う。狂気が始まる前に戻れたら、と。戦いを起こさない方策があったのでは、と」


宙に薄い板が現れ、に繋がれた人の姿が映された。ハドメルは続けた。

「おそらく、分岐点は人の寿命が延びたことだ。人が増えれば、それだけ土地がいる。土地を得るために戦わなければならない。その結果、我々はこの大地に多くの血を流した。ガイアラキが怒りを覚えるのは当然だ」

セラが言った。

「だから、人の意識をの中へ封じ込めた?」

「これを使えば、一人が立つ場所に百人はいられる。迷いはあった。肉体を失い、別の何かに入れられるというのは、五百年前の戦いで同胞を怪物の中へ埋め込んで、使役したことと根本的には同じことだ。

だからこそ、大義が必要だと思った。あの時は戦いに勝つため。そして、今は人の生を高めるため。そのために、箱の中に楽園を作り出した。ただ快適なだけでは足りない。感じることの全てが悦楽に思える園を」

イヴリスが言った。

「あらゆることに同じことしか返さないのでは、それは人形にも劣る。お前は終始、人を楽しませるということに執着していた。それはなぜだ?」

「我は双子星として生まれた。片割れはハルミラという。奴は享楽の天使として、人間にそのための術を授けたが、ある時に加減を間違え、奴自身が笑うことはなくなった。奴は罰を欲し、我にはそれが分かった。その通りにしてやったが、我はそんなことを望んではいなかった」

セラは問うた。

「あなたは、なぜ堕天したの」

「奴が愛した人間を導くため」

「なら、あなたは彼の望みも、自分の望みも果たせていない」


一行は広間へたどり着いた。その部屋の奥の壁には、塔のあらゆる管が集まっていると見え、中心には天使が繋がれていた。

ハドメルは言った。

「なにかを間違えたと思っている。それは今か、五百年前のあの日か。それさえ正せば、より良い可能性があると信じている。証明しなければならないのだ。我は正しいことをしたと」

がハドメルの下へ集い、その身体を包み込むと、それはやがて巨人のようになって一行の前に立ち塞がった。

「受け入れよ、我の施す人の形を、楽園を。そのために、我はお前たちを誘おう」

セラは言った。

「あなたは間違った。昔も、今も。それを私が証明する」

鋼鉄の巨人が腕を振るい、セラが光の矢を放つたび、壁が崩れ、塔が震えた。戦いのあまりの激しさに、イヴリス達はおろか、山の賢人やトールディンですら手出しが出来なかった。

鋼鉄の巨人が矢によって腕と脚をなくすたび、周りの塔から見繕うので、塔の立ち並んでいたハドメルの区画はやがて、荒涼とした野と、怒り狂う巨人の姿があるばかりとなった。

セラは巨人の振り下ろした腕を伝って駆け上がり、「矢のない弓」で首を飛ばした。もう一本の腕が迫ってきたので、「月の鏡盾」で弾き飛ばした。すると、巨人は大きくよろめいたので、セラは巨人の身を縦に裂いた。

宙に映し出された人々は歓声を上げながらその姿を消した。

崩れた巨人の中からハドメルが姿を見せたので、セラは武器を突きつけ、言った。

「死を前に笑っていられる人間が望みだというなら、あなたはハルミラの願いなんて、これっぽっちも叶えられていない」

「死の恐怖や苦痛など、ない方がいいはずだ」

山の賢人が言った。

「君は、ハルミラと同じ間違いを犯した。それに、君のやり方では遅かれ早かれ、ガイアラキの怒りを買っただろう」

「そこにいるだけで、何かをせずにはいられない。我ら天使はそうした星の巡りに生きている」

「我らはただ、人の隣にいれば良かったのだ。過分に与えることなく」

「だが、どうあがいても我らは天使なのだ。おかしいと思わないか、マイア。星の巡りから逃れるために落ちたというのに、地上でも同じことをしている」

セラは言った。

「あなたは、何のために落ちてきたの」

「もう、忘れてしまったよ。だが、確かなことが一つある。この区画の有様は、かつての我らが望んだものではなかったと」

ハドメルはイヴリスを見た。

「イヴリス、我が作った娘よ。今まで、何人にも同じことをやらせては繰り返してきた。お前は、我の迷いだったのかもしれない」

「ならば、私たちは先へ進み、お前が間違いだったと証明してみせる」

「では、見守ろう。この身を天に移して。セラ・フレイオルタ、お前の役目を果たすがいい」

セラが頷き矢を放つと、ハドメルは燃え盛り、その煙は天にまで届いた。やがて、灰の中から珠が現れたので手に取ると、原動天へ飛んで行った。


こうして、建築との天使、ハドメルは天に返った。そして、この星が瞬くたび、人はひらめきを得るようになった。

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