星伐記:ハドメル書

ハドメル書:第一節

 ハルミラ号がシトーリュカの区画を出る最中、山の賢人は言った。

「次はハドメルの管理する区画だ」

 セラは問うた。

「ハドメル。都に並び立つ巨塔を建て、あらゆるを与えた天使ですね」

「私が人に生き延びる術を与えたことで、都には人が溢れるようになった。彼は人々を収容するため、そして大きくなった都をさらに発展させるために力を尽くした」

「でも、建てた塔にも限界が来た」

「後は、知っての通りだ。我々に導かれた人間の進む道は、ガイアラキの思うものと大きく外れた。過程を飛ばした発展は混乱をもたらす。結果、人間と天使を滅ぼすために怪物を遣わされ、戦いが始まった」

「どんな区画か、ご存じなのですか」

「あの区画は、いわば実験のために構築されている。発明するが都と人々の生活どのような影響を与えるか。仮説から検証、改良に至るまでを担うための区画であった」

 トールディンは問うた。

「それは、時に人の命を蔑ろにするのではないか?」

「お前たちはハルミラの区画で人型のを見ただろう。あれは当初、人の代わりとなるよう作られた。その役目は、都が作られた当初と戦いの最中も変わらん」

「天使の割に随分と温情だな。いや、すまん。ハルミラとあんたは違ったな」

山の賢人は笑った。

セラは言った。

「具体的に、どういった景色か覚えておいでですか」

「地には人形が闊歩し、空は銀の鳥が飛ぶ。立ち並ぶ塔は夜になると宝石のような光を発する。ただ、五百年も前の話だ」

山の賢人が昔に想いを馳せていると、セラが鋭い声で言った。

「師よ、何かが来ます。左右から五、六、七……合わせて二十の銀の鳥が」

「二人とも、振り落とされないようにしがみつけ。少々手荒くなる」

山の賢人が舵を切ると、ハルミラ号は速度を増して大きく旋回した。すると、先ほどまで船のあった空に、銀の鳥が吐いた火の玉が殺到した。

セラはすぐさま「矢のない弓」を構えると、続けざまに銀の鳥を射抜いた。だが、それでも火の玉の全てを落とせなかったので、トールディンは乱旋騎馬の鎧を使い、ハルミラ号の周りに嵐を生み出した。

山の賢人は言った。

「見事だ、トールディン。と、言いたいところだが、これでは舵が切れない」

ハルミラ号は、区画を取り囲む壁を目掛け落下を始めた。そこで、セラが「矢のない弓」を構えると、天に轟くかのような声が聞こえた。セラは、声のする方に天使の姿を見た。

その天使はまるで、宙に浮かんだ薄い石版に、その姿を貼り付けられたかのようにあった。

天使に続いて、人間たちの姿が同じように宙に映し出された。

天使は言った。その音があまりに轟くので、ハルミラ号の虹翼がひどく震えた。

「ようこそ、セラ・フレイオルタ。我は君の使命を知っている。故に宣言しよう。君の活躍や武勇は全て茶番となり、ここに住む人々が消費するだけの演目になると」

山の賢人が天使をハドメルと呼ぶと、ハドメルは言った。

「その口で我が名を呼ぶな、裏切り者。お前が役目を果たしていれば、第一区画ははならなかったものを」

宙に映し出された人々がどよめくのを聞き、ハドメルは両手を広げ、言った。

「皆の者、すまなかった。飛空艦競技はこれにて終了だ。こちらは銀翼火鳥を数機やられ、あちらは制御が利かない。第一競技としては上々の立ち上がりだ。そうは思わないか、皆?」

人々は歓声をあげ、次なる競技はなにかと問うた。すると、ハドメルは言った。

「次なる競技は、狩りだ。そのために、彼らを招こうじゃないか」

すると、区画の壁は大きく開き、ハルミラ号を強く引き寄せた。舵を切る山の賢人に、セラは問うた。

「なぜ、あの鳥はこの船を狙わないのでしょう」

「彼なりの、こだわりがあるのだろう。そして、我々としても好都合だ。庭へ招いてくれるというなら、乗らない手はない」

ハルミラ号がちょうど、区画へ入ったその時、ハドメルの轟く声がした。

「さて、次の演目だ。ここからは君たちに船を使うことを禁ずる」

トールディンが言った。

「なんの故あってお前の言うことを聞く必要がある。この船で中心部へ行き、お前を叩いて終わりだ」

「猿め。それでは遊戯にならないではないか。故に、その船はここで撃ち落とす」

つんざく音を響かせ、一本の槍がハルミラ号の船首を貫いた。山の賢人が逃げろと言うので、セラとトールディンはそれに続いた。その次の瞬間、ハルミラ号は数多の槍に突かれて落下した。

ハドメルは言った。

「気を取り直して、始めようじゃないか。セラ、今のところ君達は獲物だ。そして、何に狩られるかは、今に分かるだろう」

人々は言った。

「女が逃げるぞ! 追い立てろ、! イヴリス、古き肉体に囚われた、なんと愚かな女! はは、惑え、惑え、昨日は逃げ、今日は挑み、明日は狩られ、晴れて我々の仲間入り! はは、ははは!」

トールディンは言った。

「まるで連中、頭がおかしくなったようだ。何がそんなにおかしいんだか」

セラは言った。

「それもそうだけど、今は伝道師とイヴリスとやらを探しましょう」

「あの宙に浮いた奴らは、確かに使えなさそうだ」

走り続けた一行が十字路へ差し掛かった時、セラは二人を止めた。

「あれでは、ないかしら」

その時、三人が目にしたのは、肉の混じった巨大なと、それに挑む若い女と、その仲間達の姿だった。

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