マイア書:第二節
2.
クシュが予言をした日の夜、ギメルは多くの兵と王子達を引き連れ、セラ達を探して回った。兵士が人相を伝えると、人々は夜明けの陽射しのように美しい女ということで、一様にセラのことを知っていると告げた。
やがて兵士はセルカの家を訪ねたが、セルカはセラを知らぬと告げた。兵士は噂の女を見れば、覚えていないはずはないと詰め寄ったが、それでもセルカは首を横に振った。
だが、隣人がセルカとセラが話しているのを見たと言ったので、兵士はセルカを捕らえ、都の広場へ引きずっていった。
ギメルは人々を集め、告げた。
「この者は魔性の女に惑わされ、この国に訪れた災いを見過ごさんとする邪悪である。
私は人々に問わねばならない。もし、この子と同じことを少しでも考えた者がいるのなら、これから起こることを目にして改めるがいい」
そうして、セルカは火刑に処された。兵士達は出来るだけセルカが長く苦しむよう、舐めるような火をくべ続けた。また、人々が目を逸らさぬよう、広場には兵士が立って人々を見張り続けた。
その時、夜の空に太陽が現れ、その光が処刑台に立つ兵士達を焼いた。さらに吹き荒れる風と共に現れた二人の男が、セルカを処刑台から降ろした。
兵士達は口々に二人を堕天使と罵ると、一斉に襲いかかった。だが、兵士達は皆、山の賢人が発した瘴気に中てられ、臥せってしまった。
すると、病にも屈さぬという七人の王子達が立ちはだかった。トールディンはあらゆる怪物の武器を用い、七人を相手に立ち回った。
守る者のなくなったギメルを、セラは「矢のない弓」で射った。だが、クシュが先見をするので、光の矢は全て避けられてしまった。セラはクシュ目掛けて数多の矢を放ち、ギメルが庇うのを見た。
ギメルは言った。
「娘よ、呪われよ! 我が妻は戦士ではない。それでも狙うというのか!」
セラは矢に紛れ、雷光豹の靴でギメルに迫ると、矢のない弓で斬りかかった。すると、クシュが間に割って入ったので、彼女の身体は容易く裂けてしまった。
トールディンと山の賢人は、二つの叫び声を聞き、セラの顔が蒼ざめ、ギメルの髪が逆立つのを見た。さらに、倒れたセラにギメルが刀で斬りかかったので、トールディンは頭蓋突きの嘴で出来た槍を投げた。
槍がギメルの心臓を貫くと共に、フレイオルタの景色は搔き消えた。人々は歩く屍に、堅牢な石造りの建物はあばら家に、木々は枯れ、七人の王子達は怪物に変わり、若かりしギメルは老い、四つに裂かれたクシュの遺体が現れた。
山の賢人は、かつての己が管理していた頃の面影を見出そうとしたが、それは一つも叶わなかった。さらに、集められた人々の一人一人が、フレイオルタの地から連れ去られた者達であることに気づいた。彼はシトーリュカへの怒りで血が煮えるのを感じた。
セラはクシュの遺体を掻き集め、ひたすらに許しを請うた。その時、辺りに哄笑が響き渡った。見れば、その笑い声の主はセルカであった。
セルカは言った。
「勿体ない。せっかくこの区画の技術で繋ぎ合わせたのに。でも、まさか娘にさえ引き裂かれるとは思わなかっただろうね」
「あなた、人じゃないわ」
すると、セルカは一段と大きな声を上げて笑った。
「まさか、忘れてしまったのかな? 寂しいじゃないか。ギメル王に理想の夢を見せ、そこへ君を招いたのは、それが君への最高のもてなしになると思ったからだ」
セルカは立ち上がった。やけどを負っていたはずの脚はすっかり治り、背は瞬く間に伸び、十つの頃からセラと同じ、十六、七と思しき丈となった。彼は虚ろに立つギメルの方を叩いて言った。
「若かりし父親の姿と、愛し合う母親の姿はどうだった? 感動したかい? 僕は今日まで、この瞬間のことを思うと心が弾んで仕方がなかった。なにせ、人間は弱すぎる。肉体は粘土のように脆く、心はガラスのように割れやすい。町を壊すなんて簡単だったから、僕を楽しませる相手はセラ、君しかいないんだ。
どうだった、母親をその手にかけた感触は? 聞かせてくれ、その鈴の鳴るような声で、その夜明けの日差しのような美貌を
そう言って、夢の天使・シトーリュカはセラの顔を覗き込んだ。
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