ハルミラ書:第二節
「映画館」を訪れたセラ達を、人形たちが行く手を阻んだ。一行は武器を取り、人形を相手取った。怪物達に比べれば、人形などは物の数ではなかった。
物珍しさにトールディンは惑ったが、セラと山の賢人が迷いなく進むので、彼もそれに続いた。
こぎれいな衣装の人形が現れ、言った。
「ただいま、作品を上映中でございます。途中から入ることはあまりお勧めいたしません」
セラは言った。
「これは、紙芝居のようなものなのでしょう。初めから見ても構わないのだけど、あとどれくらいあるかしら」
「およそ、5年分で一区切りです。あと三年分の上映時間がございます」
トールディンは人形の制止を聞かずに
セラは「矢のない弓」を構え、ハルミラを狙った。すると、天使は言った。
「ニアタから聞いた。堕天使を滅ぼす使命を持った女というのがお前だな。その矢を放つのは勝手だが、このような天使の珠はいつでも取ることが出来るだろう」
セラはこれに頷き、弓を収めた。ハルミラは言った。
「なにか、心の底から笑えるようなことをしてくれ。そうしたらこの珠をお前の手に委ねよう」
はじめにトールディンが名乗り出た。彼は塔に住む者たちの頭であった頃に見た、劇を演じてみせた。武器を道具に見立て、一人芝居をする様はハルミラを喜ばせた。だが、心の底から笑うようには至らなかった。
舞台を下りたトールディンに代わり、セラはフレイオルタの地で身につけた舞いを披露してみせた。「矢のない黄金の弓」はセラの身体をこの上なく彩り、月の満ち欠ける「鏡の盾」はセラの望みのままに増え、それぞれに異なるように舞うセラの姿を映し出した。ハルミラは感嘆したが、やはり笑うことはなかった。
ハルミラは言った。
「トールディン、出来はどうであれ、君の芝居はおれを笑わせようとしたという点で好感が持てる。セラ、君はおれの話を聞いていなかっただろう。人形たちには出来ないものであることは認めるが」
トールディンはハルミラに、先ほどは何を見ていたのか、と問うた。すると、ハルミラは「最初の百年」という作品なのだと答えた。ハルミラは続けた。
「おれにとって輝かしき、堕天してから最初の百年を余さず記録した映画だ。今はやめてしまったが、楽しみの瞬間を永遠に残そうと思い至ったことがあった。『最初の百年』はその時の名残だ。もう、これで見るのは八度目になる」
「八度見ても、心の底から笑えないというわけか」
「残念ながら、おれの中には心の底から笑えることは、もはや残っていない。だからこそ、客である君たちを頼ったのだ」
セラはトールディンに耳打ちした。
「師から聞いたことがある。世の中には、食べると笑いが止まらなくなる薬草があると」
「おお、セラよ。お前がそこまで強硬だとは思わなかった」
ハルミラは言った。
「その薬草を口にしたことはある。だが、この身体は空の神に与えらえたもの。草花は陸の神が作ったもの。あらゆる天使は陸と海のものに勝つべく作られた。ゆえにおれは笑うことが出来なかった」
セラは問うた。
「なぜ、そうまでして心の底から笑おうとするのです。他のことではだめなのですか」
そう言ってセラは「鏡の盾」でハルミラを映した。すると、鏡は磔にされているハルミラの姿を映した。
「この鏡は、望むものを映す力があるのです。ですが、これはどういうことでしょう」
「おれは罰せられるべき、しかし正当におれを裁くことの出来る者はもはやこの世のどこにもいない罪を抱えているのだ。ここで『最初の百年』を見続けるのは、その罪を忘れないため、そして償いのためでもある。この作品は、死んだ彼らの墓標だ。動きを持って、変わらず、永遠に残り続ける」
セラとトールディンは共に思い悩んだ。ハルミラの心にはもはや笑えるものなどなく、罪を罰する権利などない。あまりに思い悩むので、見かねた山の賢人が部屋へ入ってきた。
山の賢人は言った。
「久しぶりだな、ハルミラ」
ハルミラは目に涙を浮かべて言った。
「五百年ぶりじゃないか。今までどこに行っていたんだい、マイア」
マイア。始まりの七人の名を呼ばれた山の賢人は静かに笑った。
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