トールディン書:第三節

7.

 三日目の朝、予知者は慄きと共に、トールディンとセラに告げた。

「やがて、塔を押しつぶすほどの大群が押し寄せる。二人だけではとても足りぬ。この塔に住むものたちがトールディン様の半分、セラ様の三分の一でも力を持っていなければ」

 トールディンは予知者を慰めた。

「そうであるなら、俺とセラが十人分の働きをすれば済む話だ」

 山の賢人は言った。

「一昨日と昨日で得た珠が山のようにある。それを配って戦わせればいい」

 塔に住むものたちは皆、山の賢人の言葉に乗った。また、山の賢人はトールディンに耳打ちした。

「仮にどうにもならなかったとしても、君はこれで自由の身となれる。行くも、守るも、好きにするがいい」

 しばらくして、物見台に立った女が怪物達の姿を捉えたのを聞いて、トールディンとセラは群れへ向かった。


8.

 三日目に訪れた怪物たちの数は、一日目と二日目の怪物達の数を足してなお、それを上回っていた。先陣を切ったトールディンとセラが怪物の三分の二を滅ぼし、残ったものを塔に住む者たちが迎え撃った。しかし、陽が空の頂きに昇った頃、怪物達は武装して二人の前に現れた。見かねて山の賢人も加勢に入ったが、三人で半数を倒すのがやっとになった。

 すると、塔の住民たちの悲鳴が聞こえるようになった。トールディンは初めのうち、それを風のささやき程にしか捉えていなかったが、聞いているうちに武器を握る手が鈍るようになった。

 山の賢人は言った。

「どうする。君の好きにするがいい。元々、君の家族を死なせたような連中なのだろう」

「母を見殺しにした医者も、父を刺した卑怯者も、弟を殺したならず者も、すでにがついている。奴らは、俺の恨みとは関係がない」

 そう言うと、トールディンは塔の方へ駆けていき、あらん限りの力を振るった。塔に住む者たちは奮い立ち、トールディンが狩った数と同じだけ、怪物達を狩るようになった。そうして珠を得るたびに、塔に住む者たちが力を得ていくので、戦況は覆っていった。

 すると、怪物達を率いていた天使の声が轟いた。

「人間共め。この調和の天使、ユリアガの施しを拒むのか。それに、トールディンとやら。ニアタ殿の話によれば、お前の指先から滴る血は、カリギリ殿の血なのであろう。こんなところで何をしている?」

 ユリアガの姿は、ありとあらゆる怪物たちの姿を備えていた。それは、恐ろしく悍ましいという点で、調和のとれたものであった。身の丈は一つの山ほどもあり、背中から伸びる両翼には、無数の目が動いていた。

 トールディンはユリアガに言った。

「聞きたいか、堕天使。たった一つの簡単な理由だよ。それは、俺が奴らの頭領だからだ」

 トールディンは吼え猛り、あらゆる武器を持って堕天使に立ち向かった。セラもそれに応じ、弓を構え、鏡を携えた。二人は背を合わせ、ユリアガの身から伸びる、千貌蛸せんぼうそうの脚や魂奪螳螂こんだつとうろうの腕を全て焼き潰し、獄火猩々の腕と雷光豹の脚から繰り出される火雷を撥ね退け、乱旋騎馬らんせんきばの風と宝刀蛇ほうとうだの鱗を貫いた。

 ユリアガの断末魔に、三人はわずかに退き、塔の人々は震えあがった。そして、ユリアガが翼でもって逃げようとするので、山の賢人は天使を病に侵し、その羽の一切を抜いてしまった。セラは地に落ちた天使の、山のごとき巨体を撃ち抜いた。トールディンは天使の胸を切り刻み、血に塗れた珠を取り出して掲げてみせた。

 こうして、塔の人々は怪物の軍勢を打ち倒した。


9.

 その日の夜、塔に住む者たちは宴を開いた。彼らは口々にトールディンとセラの武勇、そして人々を癒して回った山の賢人の技術を称えた。

 セラは言った。

「ところで、私とトールディンの賭けの行方はどうなったのです。私は、狩った怪物の首の数など覚えていません」

 トールディンもうなずいた。山の賢人が同じ数を二度告げたので、トールディンは笑った。

「俺だけでは、ユリアガに敵わなかっただろう。俺の負けだ。この首飾り、好きに持っていくといい」

 山の賢人は言った。

「セラ、お前の使命はどのようなものであったか」

「堕天使の都を滅ぼし、星を原動天へ送ることです」

「ならば、先に都を滅ぼすのがよかろう。ここにある星は、後で送りに戻ればよい」

 セラは頷いた。トールディンは言った。

「では、俺はこのままこれを持ったまま、ここに残るとしよう」

 山の賢人が言った。

「その必要もない。この塔には、すでに珠が満ちている。数える程度の珠が残ったところで、何の意味もあるまい」

 すると、メセナハが食事を持ってきた。塔に住む者たちはすでに、酒に酔い、踊り、歌っていた。トールディンはメセナハに問うた。

「俺は今でも、強く、猛きトールディンのままか?」

「はい。あなたはこれまでも、そしてこれからも、我らの頭です。ですが、その強さに、我らもいつか追い付く日が来るでしょう。それは、明日か、今日かもわかりません」

「なら、この俺に証明してみせろ」


 トールディンとメセナハは、塔に住む者たちに囲まれて、拳闘を行った。酔っていた多くの者たちは、この拳闘を見世物の一つと考えた。だが、トールディンの真意に気づいていた数少ない者たちは、メセナハに声を送った。これは、メセナハが勝てばトールディンは塔から去る、と取り決めがされていたからだった。

 メセナハは、トールディンにどこへでも行ってしまえと罵った。だが、その声は震えていた。彼の拳は、トールディンにとって大層重く感じられた。

 夜明けを迎えても二人はまだ立っていたが、トールディンは空を仰いで倒れた。

「お前が頭だ。奴らを頼む」

 トールディンはそう言って笑った。

 メセナハは泣いた。


 こうして、トールディンは塔に住む者たちに見送られ、セラと共に堕天使の都へ向かうこととなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る