トールディン書:第二節
4.
トールディンと山の賢人によって交わされた、狩りの賭けの取り決めは次のようなものだった。
種類を問わず、珠持ちの怪物を倒し、珠を多く手に入れた者を勝者とする。
セラは珠に触れた瞬間に原動天へ送ってしまうため、数える役は山の賢人がつとめることとなった。
塔の住民の一人が言うには、これから三日にかけて堕天使と怪物が塔の跡地を襲い来るとのことだった。トールディンの部下の、予知の魔術を使う者の言葉であった。
5.
一日目、トールディンは大いにその力を振るった。宝刀蛇の鎖剣が蹂躙し、獄火猩々の兜がかげろうを発し、乱旋騎馬の鎧が切り裂き、魂奪蟷螂の鎌が叫びを上げ、頭蓋突きの槍が閃いた。怪物たちの骸は大地に散らばり、数えるのに日暮れから夜明けまでの時間を要した。
塔の住民たちはトールディンの武勇を称えた。
一日目の夜、トールディンはセラと山の賢人を自らの部屋に招いた。干した肉に果物、汁物に酒を部下に用意させると、それきり誰も入らないように命じた。トールディンは言った。
「客人よ、お前たちの旅の物語を聞かせてくれ。かつての俺は獣のようなことをして暮らしを立てていたが、この地からそう離れたことがないのだ」
セラはこれに頷くと、自らの生まれからギメルの狂気、ヴァルドとの戦い、ノアズノルの町を焼き払ったことに至るまでを仔細に話した。トールディンは特に堕天使との戦いの部分を好み、また信じられないといった様子で耳を傾けた。トールディンは言った。
「その話が本当のことなら、やはり、この地を守ってもらいたいものだ。俺もようやく他の地へ行ける」
セラは言った。
「信じられないというのなら、明日にお見せしましょう」
6.
二日目、セラは神に遣わされた子としての力を大いに振るった。
「矢のない黄金の弓」を振るえば怪物の首は落ち、矢をつがえれば開かない穴などなく、地へ放てば砕き、空へ放てば無数の光が怪物の胸を狂うことなく貫いた。また、月から与えられた「鏡の盾」は怪物たちの持つ脅威を跳ね返し、また黄金の弓から放たれる光の矢を思うように反射させることが出来た。
山の賢人の数えるところによれば、この日セラが打ち倒した怪物の数は、トールディンをわずかに上回っていた。
二日目の夜、トールディンは同じように二人を部屋に招いた。トールディンは言った。
「セラ、お前が誠の神に遣わされた子であり、堕天使を討ったその武勇に偽りがないことを認める。これには、俺様も参った。なにせこの塔に住むものは、ただのトールディンではなく強者としてのトールディンを求めている」
「それだけではないでしょう。この塔の住民はあなたのことを慕っています」
「本当のところは分かったものではない」
トールディンの言葉に、セラはかつてギメルに見たものと同じものを感じ取り、思わずその手を取った。
「なぜ、そのようなことをおっしゃるのですか」
「俺が、堕天使と人間の間に生まれた子の、そのまた子孫だからだ」
これに山の賢人が驚いて問うた。
「いったい、誰の
「その通りだ。我が父のそのまた父、五百年前にも遡るこの血筋の中で生まれた者は皆、武器の扱いと戦いの術に長けていた。血は薄まったが、俺もそうだ。堕天使と人の子孫はいつの間にか都を追われ、この地へ流れ着いた。
俺はこの血ゆえに差別された。病の母は、『もどきの胎につける薬はない』と医者に拒まれ、戦士だった父は背中から刺された。
はじめは憎しみと共に、人を相手に野盗をした。弟はその時に捕まり、俺の身代わりに死んだ。そのうち、天使の珠を持つことで強くなれることに気がつき、狩るものは人から怪物へと変わった。
怪物を狩っていると、それをありがたがる者が現れた。勝手なものだと思わないか? 勝手に差別しておきながら、役に立つと見るや勝手に取り入ろうとする」
山の賢人が問うた。
「では、なぜそれほど憎い人を守っているのだ?」
「奴らを守っている限り、俺は強く、猛きトールディンとして認められる。俺がいなければ奴らは死んでしまうと驕っていられる。だから、その美しい瞳で見つめないでくれ、セラ。俺の心根はこんなにも醜いのだ!」
山の賢人が問うた。
「仮に。君がここを離れられるとしたら、どこへ行って、何がしたい?」
トールディンは答えた。
「我が一族の父に会い、その武に挑みたい」
「そうであるなら、早い話がある」
山の賢人から耳打ちされた言葉に、トールディンは顔を蒼くした。
そして、三日目の朝がやってきた。
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