星伐記:トールディン書

トールディン書:第一節

1.

 セラは都への道すがら、天使の珠を持つ怪物を狩っては、原動天に珠を送っていた。

 すると、彼女は視界に映る怪物のむくろの数が、自分の狩ってきた数と合わないことに気がついた。

 セラは、これは何事かと山の賢人に問うた。彼は答えた。

「お前の他に、同じことをしている者がいるのだろう」

「あの怪物たちは天使の力を得ているので、地上の生き物では敵うはずがありません」

「ならば、その者も天使の力を得ているのであろう」

 山の賢人がそう言った途端、セラは確かに天使の気配を感じた。行ってみましょう、とセラが言うので、山の賢人もそれに従った。


2.

 辿り着いたのは、地面に転がった巨大な円柱だった。山の賢人が言った。

「これはハドメルが建てさせた塔の残骸だ。大方、怪物との戦いで倒壊して放棄され、人が住み着いたのだろう」

 見れば確かに、人が住み着いているようだった。弩が周囲に配置されている様は、セラがかつて見たフレイオルタの周縁によく似ていた。

 そして、セラはこの中に、いくつもの天使の気配がまとまってするのを感じた。

 セラが言った。

「あれは、怪物たちを退けるためでしょうか」

 山の賢人が答えた。

「あれではは殺せないだろうが、退けられはするだろう」

「ここは、都ともそう離れてはいません。あれだけでは危険では」

 二人が話していると、倒壊した塔の中から男が現れた。

「お前達、そこで何をしている。ここがトールディン様の地と知って、探りに来たか?」

「トールディン。それがここに住む堕天使の名前?」

 男は顔を真っ赤にして、セラに詰め寄った。

「トールディン様を堕天使ごときと同じにするな。あの方は人の身でありながら、珠を持つ怪物に打ち勝つお方なのだ。そして、狂った堕天使どもの手から、我々を守ってくださる勇壮な方だ」

「では、王なのですね。私の父も同じような者でした」

 すると、男は鼻で笑った。

「王などと、つまらないものとトールディン様を同じにするな。あの方は、同志だ。我らのかしらなのだ」

「人の上に立つものであるなら、頭と王は何が違うのです」

「王は人と心を通わせないが、頭は我らと一心にして同体だ」

 セラは故郷を思い出し、何も言えなくなった。男は言った。

「どうしてもあの方の妻になりたいと言うなら、頭に話を付けてやってもいい。故にその男はいらん。お前だけ、こちらに来い」

「かつて、似たことを言い寄った堕天使がいたことを思い出しました」

「馬鹿なことを。堕天使に見初められては、ここに立っていられまい」

「焼き払い、珠として原動天に送りました」

 山の賢人も頷いた。


3.

 奥から天使の気配が近づいて来るのをセラは察した。現れたその男は、数多の武器を携えていた。

 そのどれもが怪物から作られていることが一目でわかるものだった。目つきは鋭く、背丈はセラと山の賢人の間くらいだった。その体つきは、戦いによって鍛え抜かれていた。

 数多の武器は以下の通りである。


 宝刀蛇ほうとうだの鱗で作った、しなやかな鎖剣。

 獄火猩猩ごっかしょうじょうの頭部とたてがみで作った、燃え盛る兜。

 頭蓋突きの嘴で作った槍。

 魂奪蟷螂こんだつとうろうの腕から作った鎌。

 乱旋騎馬の風で生み出された鎧。


 だが、何よりセラの目を引いたのは、彼の首を飾る、いくつもの天使の珠だった。

 彼、トールディンは言った。

「その女を侮るな、メセナハ。確かにその女は美しいが、それは絹のものではなく、辰砂のものだ。傷つけることは叶わず、無用に触れれば痛い目を見る」

 メセナハと呼ばれた男は引き下がった。

 セラが言った。

「その珠をお渡しいただけないですか。星を原動天へ送るのが、私の使命なのです」

「それは出来ない。お前がこの俺様の代わりに、ここを守ってくれるなら話は別だが」

 セラは頷いた。

 その時、高き所から声を張り上げる者があった。曰く、堕天使が怪物を連れて攻めてきたとのことだった。山の賢人は言った。

「私によき案がある。任せておけ」

 彼はトールディンの前に立ち、言った。

「これから、君とセラとで競争をするのはどうか」

「俺は生まれてこの方、勝負と名のつくものをしたことがない。なぜなら、負けたことがないからだ」

「なら、今日が初めての勝負になる」

 トールディンが唆られたのを見て、山の賢人は続けた。

「狩の競いだ。セラが勝てばその首飾りをいただく」

「俺が勝ったら何をくれるんだ?」

「セラを君たちにやろう」

「決まりだ」

 セラが止めたが、もはや手遅れだった。

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