星伐記:第六節
8.
天使は言った。
「お前が、神に遣わされたという娘か。我が前に、いつやってくるかと首を長くして待っていた」
セラは、母の遺体はどこにあるかと問うた。天使は笑って答えた。
「この地へやってくるさなか、かの王があの女を引き裂くのを見た。もったいない話だ。あれだけ美しい女であれば、すでに他の男のものであったとしても、手に入れようとしたものを」
セラは天使へ飛び掛かり、羽をむしって言った。
「母は他の誰でもない、ギメル王の妻だ。お前のような汚らわしい天使の妻ではない」
天使は笑いながら言った。
「なんと心地の良い愛撫だろう。山へ逃げるお前を一目見て、必ず手に入れたいと思っていた。お前を見た後ではこの地に残った人は全て泥細工のようだった。だからお似合いの姿にした」
セラは怒りのあまり天使の首を絞め、何度も頭を床に叩きつけたが、天使はなおも笑って言った。
「美の天使、ヴァルドの名において保障しよう。お前ほどの器量なら、私がお前にされたことと同じことをしても、きっと美しいままだろう」
天使は四本の腕を生やすと、セラの四肢を掴んでしまった。さらに全身には孔雀の羽のような目玉が一斉に開いた。天使は全身の目を細めて言った。
「夜の星空のような髪を衣としたい。太陽と月のような目を掬って指輪の石にしよう。脚は枕に、腕には身繕いをさせよう。残った部分は、ただ触れても心地よいだろう」
セラがヴァルドの名を呪いと共に呟くと、天使は身もだえした。
「最後に教えてやろう。お前の母の遺体は、ギメルと共にシトーリュカが持ち去った。あぁ、そうだ。私が会わせてあげよう」
天使が腕に力を込めた時、セラは己を押さえつける四本の腕が、閃光と共に射抜れるのを見た。天使は絶叫し、セラを放した。
セラは、宮殿に開いた屋根の穴から太陽が姿をのぞかせ、己に語りかけるのを聞いた。
「神に遣わされた子といえど、人の身であるあなたが素手で堕天使に敵う道理はない。しかし、奴らはしょせん星の光より生まれたモノであるゆえ、それよりも強い光で塗りつぶせばよい」
太陽がそう言うと、セラの手には黄金で出来た「矢のない弓」が握られていた。天使は失った腕を生やしてセラに掴みかかった。だが、セラが弓をそのまま振るうと、天使の腕はあっけなく宙へ飛んだ。
天使は青ざめ、詫びと命乞いを重ねたが、セラの表情が変わらなかったので、宮殿から瞬く間に逃げ出した。セラは弓に矢をつがえるように手を添えた。すると、陽の光で出来た矢が現れ、彼方へ逃げようとした天使の胸を射抜いた。
山の賢人が追い付いた頃、空には月が昇り、星の少ない夜空が顔を見せた。彼は天使が動かないのを見るや、仰向けにし、その胸を刃で切り開いた。胸の中には、きらめく珠があった。
「見るがいい、これが天使そのものである」
セラが珠を手に取ると、天使の身体は塵となって消えた。そして、珠はセラの手から離れ海の方へ飛んで行くと、「空へ続く海の果て」にある原動天へ収められた。
珠の行方を目で追っていたセラに、月が語りかけた。
「あなたが触れた天使の珠は、今のように原動天へ収められます。このまま、堕天使を滅ぼし、星を人に委ねる使命を遂行しなさい。太陽と共にあなたを見守っています」
声が途切れると、セラは鏡のように表面が磨かれた盾を手に持っていた。その盾は手を放しても落ちることなく、意のままに動かすことができた。また、大きさは身の丈程にも、首にかけるほどにも変えることができた。
こうして、刃にもなる「矢のない黄金の弓」を太陽から、意のままに動く「鏡の盾」を月から得て、セラ・フレイオルタは堕天使を滅ぼす旅を始めた。
この日を境に、美を司る星が輝きを取り戻した。
以来、この星が瞬くたび、人間は美に関する様々な事柄を物思うようになった。
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