星伐記:第五節

6.

 山の賢人と共に、セラは怪物たちの力を借りて山に逃れた。

 その翌朝、彼女はフレイオルタの地から昇る煙を睨んだ。そして、見送ると言った母との約束が守られなかったことに涙した。

 山の賢人は言った。

「かの王を狂わせたのは夢を司る天使、シトーリュカである」

 セラは呪いと共にシトーリュカの名を三度つぶやき、彼方にそびえる都の塔の、その麓へ目をやった。すでにシトーリュカは都の方へ戻っているようであった。

 それから、セラはフレイオルタの地へ視線を戻すと、山を下りることを決めた。山の賢人が訳を問うと、彼女は母の弔いのためと答えた。山の賢人は頷き、フレイオルタの地へ共に向かった。

 山を下りる中、山の賢人は堕天使にまつわる様々な知識をセラに伝えた。

 都を生み出した最初の七人、アルゼラ、ニアタ、フリエステ、カリギリ、ハドメル、マイア、ハルミラの名を列挙し、それぞれが司るものを教えた。

 堕天使の作り出した都の仕組みについても、山の賢人は語った。

 都は、ハドメルが最初に立てさせた、七つの巨塔から成り立っている。塔はそれぞれ天使と、天使が認めた人間が管理していた。

 都の領土が大きくなったころ、諸地域を征服して作り上げた区画は、衛星都市となった。ここはやがて、後から落ちてきた天使たちが管理する土地となった。

 七つの塔にはそれぞれ、瞬く間に移動できる魔術のからくりが設けられ、都と衛星都市の間には半日で行き来が出来るよう、魔術の舟が設けられている。また、言葉だけなら、どこにいようと瞬時にやり取りが出来るようになっている。

 山の賢人は他にも、人間がいかにして養われているか、都の娯楽などについて語った。セラはなぜ山の賢人が都のことに詳しいのかを問うた。彼は言った。

「遠い昔、あの土地にいたことがある。出る時に不死の薬を飲んだので、私は五百年も前からずっとこの姿のままだ」


7.

 セラがフレイオルタの地へ戻ったのは明け方のことだった。母が処刑された宮殿を目指して歩いていると、一人の女が目に留まった。

 嬉しさのあまり駆け寄ろうとするセラを、山の賢人が引き留めた。その片目には、セラが今まで見たことのない眼鏡がかけられていた。

「師よ、あなたは一体何を見ているのです?」

 セラが問うと、山の賢人は眼鏡を取って彼女に渡した。

「これを取って、彼女の姿を見るがいい。堕天使が人を操る怪物を見破るために作った道具である」

 セラは唇を噛み、山の賢人に女を救う手立てを乞うた。山の賢人は首を横に振り、刃を持って女に突き立てた。その刃には、屍操蛞蝓を殺すための薬が塗られていた。

「口や耳から蛞蝓が入ったばかりであれば、この薬を飲めば見込みがある。しかし、頭蓋突きが開けた穴から巣食った場合や、時間が経った場合は助からない」

 セラは倒れ伏した女の瞼を閉じさせ、屍を埋葬した。そして、山の賢人からもう一つ、同じように薬の塗られた刃を借り受けた。

 宮殿に向かう中、セラは歩く屍人を見るたびに借り受けた刃で屍者を葬った。そして手厚く弔ったので、宮殿の前にたどり着いた頃には日が暮れていた。それから月の光の助けを借りて国中を探し回ったが、クシュを見つけることは出来なかった。

 さらに一昼夜をかけて二人はフレイオルタの地を巡り、歩く屍人を全て弔ったが、その中に母の姿はなかった。セラは母を想い、宮殿の方を見た。すると、一人の天使が玉座の間にいることに初めて気がついた。

 セラは山の賢人から雷光豹の靴を借り受けると、彼を置き去りにして玉座の間へ向かった。そして、彼女が目にしたのは、だらしなく座る美の天使、ヴァルドの姿だった。


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