星伐記:第二節

2.

 堕天使の都から最も遠く離れたところに、フレイオルタという地があった。その地の王はギメルといい、その妻の名はクシュといった。

 ギメルは老いており、クシュは若かった。二人の間には愛があったものの、子供が産まれないことを嘆いていた。

 ギメルは言った。

「儂がガイアラキの元へ還ったとき、誰がこの国を守るだろう」

 クシュは言った。

「愛する人、悲しいことを言わないでくださいまし。あなたがどうにかなってしまうのを思うだけで気が触れそうでございます」

「人の命は堕天使どものようにはいかない。今は遠いかの軍勢もいつかはこの地を踏むだろう。その時、誰がこの国をまとめるだろうか。お前が継ぐことは誰も許しはしないだろう」

「私が座りたいのはあなたか、あなたの子の隣です」

 二人は幾度も同じ夜を過ごしたが、やはり子供は生まれなかった。


 ある時、クシュの夢枕に一人の男が現れた。老人とも少年ともつかない不思議な男だった。男は持っていた珠をクシュの腹に押し込んで言った。

「お前が私のことを思い出す頃、お前は胎のことで悩んでいるだろう。この地のはずれに山がある。そこに潜む者に会うがいい」

 男は消え、クシュは目を覚ました。彼女は自身の胎に覚えのない感覚があるのを悟り、隣で眠るギメルを喜びのうちに起こした。あまりの喜びにクシュは夢のことを忘れてしまった。

 この夜、多くの人々が王宮に大きな星が降るのを見て、偉大なる王子が生まれるのだと期待した。しかし一年経っても子が生まれる気配がないので、人々はクシュの胎に宿った子はすでに死んでいるのではないかと思うようになった。

 ギメルもまたこの疑念に駆られ、国中の医者を呼んでクシュの胎を調べさせた。医者たちは口を揃えてクシュの胎の子は生きていると言ったが、いつ生まれてくるのかという問いには誰も答えられなかった。

 二年が経っても生まれないので、ギメルは占い師に子が生まれる時を占うように呼んだ。占い師たちは口を揃えてクシュの胎に宿った子はギメルのものではないと言った。ギメルは激高し、妻を侮辱したかどで占い師たちの首を刎ねた。

 すると、占い師たちの胴から屍操蛞蝓しそうなめくじが這い出て、首を起き上がらせて言った。

「喜べ、ギメル。お前の妻は神に選ばれたのだ」

 ギメルは恐れおののいて首たちに問いかけた。

「一体、何のために選ばれたのでしょうか」

 首たちは笑い出して唱和した。

「決まっている、堕天使たちを滅ぼし、星の動きを人の手に委ねるためだ!」


 三年が経った頃、クシュはふと、胎に子を宿した時に夢を見たことを思い出した。クシュはギメルに言って兵士を百人借り受けると、国のはずれにある山へ向かった。その山には時が経っても見た目の変わらない賢人がいると長いこと語られていたが、その賢人がどれほど長くいるのか、今もいるのかは誰も知らなかった。

 険しい山に屈強な兵士たちも音を上げ、クシュに下りることを申し出た。クシュ自ら見た夢を信じ、それを許さなかった。三日経っても小屋の一つも見つからなかったので、兵士たちはたまりかねてクシュに下山を願い出た。クシュは言った。

「あと二日、探しても何も見つからなかったら好きにするといいでしょう」

 その後、二日目の夕暮れに、兵士の一人が小屋を見つけた。クシュが小屋の扉を叩くと、中から青年が現れて言った。

「早くこの場から立ち去るがいい。お前に与えるものなど何もない」

 兵士は言った。

「このお方を誰と心得る。賢人としても容赦はしないぞ」

 青年は兵士の額に指を突き立てた。すると、兵士は瞬く間に熱を出して臥せってしまった。

 クシュは兵士たちを全て退かせて言った。

「望むものなら差し上げます。ですからどうか、この兵士から熱を引かせ、そしてこの胎から子供を取り上げてくださいまし」

「お前たちから受け取るものなどなにもない。その子供を取り上げたところで、あの都を滅ぼすわけでもあるまい」

「胎の子は、神に遣わされた占い師により、堕天使を滅ぼすと言われました」

「ならば試してみよう。女よ、これを取って飲むといい」

 クシュは青年から渡された薬を飲んで問いかけた。

「これは何の薬なのでしょう」

「かつて私が、陸と海の神に作られた怪物を殺すために作った毒だ。お前が真に神に選ばれた子を宿しているのなら、お前は死なないだろう」

 その後、一晩経ってもクシュは死ななかったので、青年はそれまでの非礼を詫び、クシュ達を小屋へ招き入れた。そして、彼女の胎を裂いて子を取り出した後、その傷を縫い合わせて痕を消した。

 取り出された子は、クシュによってセラと名付けられた。

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