堕星記:第三節

5

 陸の神、ガイアラキは天使たちが人間を導くことを受け入れず、海の神、ハルマーレに堕天使の都を滅ぼすための話を持ちかけた。ハルマーレははじめ日和見で取り合うことがなかったが、堕天使に導かれた人間たちはやがて海まで荒らすと脅すと、ハルマーレは渋々だが話に乗った。

 二柱は互いに、かつて自分が作った動物の特徴を掛け合わせ、堕天使の都を滅ぼすための怪物を生み出した。


 雷光豹は矢の如き走りと雷の轟音で兵士を蹴散らした。

 魂奪蟷螂こんだつとうろうと一太刀交えたものは例外なくその命を散らした。

 獄火猩々ごっかしょうじょうは女子供の臓物をぶち撒け、助けに入った男を生きたまま焼くと、ぶち撒けた臓物をつけて踊り食いに興じた。

 千貌蛸せんぼうそうによって海に引きずり込まれた人間は、その吸盤によって顔を奪われた。

 屍操蛞蝓しそうなめくじは死体に寄生して自在に動かし、人々の心を挫いた。

 虹刀蛇こうとうだに巻き付かれた者は、その鱗が複雑に反射した虹の光の中で断末魔を上げた。

 乱旋騎馬らんせんきばは人と馬を一体化させた風貌で、挑んだ者は例外なく身を切り裂く風の餌食となった。

 頭蓋突きはキツツキを凶悪にしたようなもので、異様に鋭く長い嘴と禍々しい目の紋様を持った翼を持ち、はるか上空から地上の人間の頭蓋を目掛けて急降下しては脳を啜った。


 これら二柱の生み出した怪物たちは堕天使の都に住む人間を襲い、容赦なく土に還した。すでに大きく広がっていた堕天使の土地の一部も怪物に蹂躙され、ハドメルが立てさせた塔も崩壊した。

 堕天使たちは人と共に、怪物たちと戦う道を選んだ。

 ニアタが怪物たちを一つ一つ分析し、それをもとにカリギリとハドメルが怪物たちを殺すためだけの道具を生み出した。また、マイアは怪物から身を守るための技術を編み出し、ハルミラとフリエステは人間たちの心が折れないように支えた。


 ――敵が雷のように駆けるのなら光の速さで追いつくまで。

 ――刀を交えれば死ぬのなら、離れたところから切り刻むまで。

 ――炎や刃、風が脅威となるのなら、それを防ぐための鎧を纏うまで。

 ――屍者が生者のように歩くのなら、その内側に這うモノを看破するまで。


 こうして作られた道具を手に、アルゼラは人間と共に最前線で怪物と戦った。劣勢だった戦況は徐々に変わったが、無限に生み出される怪物たちを前には拮抗以上の状況は望めそうになかった。

 ある時、アルゼラは《燃え尽きた天使の祭壇》に六人の同胞を集め、涙を流して言った。

「僕がこれからやろうとすることを、皆は蔑むだろう。きっと、今はここに眠る同胞たちも許してはくれない……。だが、それでも構わない」

 ニアタはアルゼラの考えを即座に察し、涙した。ハルミラとカリギリは我慢ならないといった様子で二人に詰め寄った。カリギリは言った。

「アルゼラ、わしにはお前の考えがとんと読めぬよ。だから言ってほしい。軽蔑は発せられた言葉の先には立たない」

「だが……ハドメル、僕が今やろうとしていることは、この祭壇を作った君への裏切りにもなる」

 ハドメルは困惑して言った。

「お前がこの私を謀ったことが一度でもあったか? アルゼラの選択は常に、我らの最良を考えてのことだった。それは今も昔も、この先も変わらない。私は構わない。お前のやることだ、任せるさ。だが、確かに。はどうだろうな」

「君は気がついたようだね、悍ましい僕の考えに」

 ハルミラは言った。

「なんだよ、全然話が見えないぜ。お前たち、訳知り顔で鬱々と。やめないか」

 ハドメルは馬鹿にしたように言う。

「人間から正気を奪う考えなしのお前らしいな。いいだろう、アルゼラの代わりに私が説明してやる」

「説明など、要るものか。どうせ心は決まっているんだろう。ならいつかは分かることだ」

 それと、と言ってハルミラは付け足した。

「おれは好きであんなことをした訳じゃない」

「半分、望まれたことだったな。認めるよ、不幸な事故だった。加減を間違えなければな……」

 ニアタが二人を睨みつけた。

「燃え尽きた同胞の珠をあの化け物どもに埋め込む。あの珠にはアルゼラの力が及ぶはずだから」

「つまり、どういうことだよ」

「あの化け物どもが、この都の護り手になるということよ。やつらは番いが無くても勝手に増える。数の優位はそれで覆る」

アルゼラは俯いたまま言う。

「問題は、彼らがそれを許してくれるかどうかだ。我らが母、エルシエルから賜った身体の代わりに、あのような身の毛もよだつモノを身体として与えるなど」

 ハルミラは笑った。

「何を迷っている。燃えて珠になった奴らは気の毒だが、お前の誘いに乗った奴らだ、元々は。きっと喜んで差し出すさ」

 ニアタとハドメルは黙ったままだった。

「わしは気が進まん。だが、アルゼラが思い悩むのはわしのせいだ。任せるよ」

 そう言って、カリギリはその場を後にした。

 ニアタはフリエステに目配せし、フリエステは小さく頷いて祭壇に手を添えた。そしてしばしの沈黙の後、アルゼラに言った。

「……皆、賛成してくれてるよ。私が、保証する、から……」

「決まりですね。それでは行ってしまったカリギリと、珠をあの怪物に打ち込む方策を相談しに行きます」

 ニアタはそう言うと、大きな声をあげて泣いていたカリギリの方へ向かった。都の人間がカリギリの泣く声を聞くのはこれが最初で最後だった。

 フリエステはハルミラを連れてまたいずこへと立ち去り、祭壇にはアルゼラとハドメル、マイアが残された。

 マイアは自身に託された煌びやかな羽をアルゼラに返すと、誰にも何も言わずに都を立ち去った。


6

 堕天使の一計により、ガイアラキとハルマーレが拵えた怪物は堕天使のもとへ寝返った。これにより、堕天使たちを止められる者は地上には一つとしてあり得なくなった。

 また、堕天使の勝利を好機と見るや、空の多くの天使が空から落ちた。その殆どはかつてのように燃え尽きて珠となったが、生き残った者は都に下った。そして、星の運行は太陽と月、それとわずかな星を除いては放棄された。

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