堕星記:第二節

4

 天使たちから与えられた知恵により人間はガイアラキに生み出された時に定められた進化の道を大きく外れた。

 享楽の天使、ハルミラは人間の女に化粧の技術を、人間の男には女を受け入れる度胸を、そして男女にあらゆる享楽を得る術を伝えた。これにより堕天使の都は地上で最も歓声に満ちた土地となり、それを求めて外からも人が集まるようになった。人々はやがて来る老いと病、そして死により享楽を手放すことを拒むようになり、あまりに大きな声を上げて嘆くので、ハルミラは彼らに施しをした。これを受けた人間が正気に戻ることは二度となかった。


 病と薬の天使、マイアはあらゆる疫病に関する知識と、それを克服するための知識を人間に与えた。これにより人間は病と苦しみから逃れ、やがて老いからも逃れた。人間がいつまでも若々しいまま生きているようになったので、堕天使の都には人間が溢れるようになった。


 建築と機械の天使、ハドメルは溢れた人間を収容するために高くそびえる建築物を作るための技術と、そこで快適に暮らすための「からくり」を作るための技術を人間に伝えた。やがて堕天使の都は天を突くような巨塔が乱立するようになったが、それでも土地が足りなくなったので、堕天使と人間は都の外の土地に目を向けた。


 戦いと武器の天使、カリギリは人間に武装と敵を打ち倒すための技術を人間に伝えた。カリギリの与えた武器により、人間は土地を得るための戦いに勝利していった。やがて、カリギリの武器と兵法を模倣した敵が現れるようになり、人間は長引く戦いに明け暮れることとなった。


 意志の天使、フリエステはよりよい明日のために戦いに身を投じる人間を鼓舞した。人間の目を引く衣装と舞いの技術をハルミラから、疲れと傷を癒すための技術をマイアから借り受けたフリエステの施しによって、人々の剣戟はその力強さを増した。やがて虚空から炎を生み出し、刃を宙に浮かべて操る者も現れた。無から有を生み出す、この世の理に反した現象を起こすための技術は魔術と名付けられた。フリエステが魔術と祭りの天使とも呼ばれるのはこのためである。


 情報の天使、ニアタはただ一人、人間と積極的に関わることがなかった。増えた領土と人間を管理し、アルゼラの作った都の未来を案じるのが彼女が自身に課した役目だった。彼女は都を大きく五つの区画に整理し、優れた人間を選び取って任せ、これを統治する術を伝えた。


 煌びやかな羽のアルゼラは六人の仕事を認め、信頼の証として自身の羽を分け与えた。また、堕天に失敗し、珠となってしまった同胞を祀るための祭壇をハドメルに設けさせ、珠のひとつひとつに自らの羽を手向けた。このようにして自らの羽を毟るため、アルゼラはただの人間のようになり、煌びやかな羽と呼ばれることはなくなった。だが、都に住む誰もが彼の心を認め、頭上に仰ぐことを良しとした。


 このようにして千年もの間、堕天使の都は栄華を極めた。


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