第4話 『至高の組み合わせ』

 その願いは、あっさりと叶った。


 翌週も、そのまた翌週も、彼はコンビニに来てくれて、一緒に昼食を食べる仲となったのだ。

 もちろん、そう都合良く毎週商品が品薄なわけではなかったが、私たちは2人で味噌ラーメンと牛丼を分け合った。

 そうすると、いつもより美味しく感じられたのだ。

 いや、正直言うと、味のことはよくわからない。

 物静かな彼と居て緊張することこそないが、やはり間接キスには慣れない。

 だったら別々の箸を使えば済む話ではあるのだが、そうするつもりはなかった。

 きっと、こうして食べるからこそ、美味しいのだ。


 思えば、誰かと食事を共にするのは久々だった。

 ずっと煩わしいと思っていたのに、こうしてみると存外、悪くない。 

 2人で分け合って、間接キスをし合う。

 その状況こそが、私にとっての幸せとなった。


 彼と出会ってから、平日が長く感じられる。

 早く週末休みになって、コンビニへ行きたい。

 それだけを思って、仕事をこなしていた。


「あれ? まだ来てないや……」


 そして、待ちに待った休日。

 しかし、その日は彼の姿が見えない。

 暫く店の駐車場で待っていても、彼は来なかった。


 仕方なく、独りで来店。

 味噌ラーメンと牛丼を買おうとして、やめた。

 2人で食べれないなら、二つ買う意味がない。

 迷った末に、牛丼だけ片手に、レジへと向かう。


 恐らく、悲壮な顔をしていたのだろう。

 そんな私に、店員が声をかけた。


「どうかしましたか?」

「あ、いえ、別に……」


 なんだか恥ずかしくなって、必死に誤魔化そうとすると、店員はくすりと笑って。


「そんなに寂しいのか?」


 言われて、気づく。

 聞き覚えのある声だ。

 顔を上げると、そこには彼が居た。

 何故かコンビニの店員の制服を着ている。


「悪いな。今日は急にシフトが入ったんだ」

「こ、ここで、働いてたの……?」

「なんだ、気づいてなかったのか?」

「だって、車なかったし……」

「仕事の時は店の裏に停めてるからな」

「なるほど……」


 全然、気づかなかった。

 どうやら彼は、コンビニの店員だったらしい。

 ということは、つまり。


「私が毎週、牛丼と味噌ラーメンを買ってたって……知ってたの?」

「もちろん、知ってた」

「知ってたのに、あの日、意地悪したの……?」

「そうでもしないと、声をかけ辛くてな」


 温めた牛丼をレジ袋に入れながら、苦笑しつつ白状する店員。

 完全に職権乱用だ。

 客のプライバシーも何もあったものではない。

 抗議の電話でも入れれば、処分されるだろう。

 けれど、そうするつもりは毛頭なくて。


「……いつ、仕事終わる?」


 気づけば、そんな問いかけが口をついていた。

 意地悪をされたことに対する怒りなど、もはやなかった。

 会えないと思っていた彼に会えたのが、純粋に嬉しかった。

 それを自覚すると、堪らなくなって。

 仕事終わりに会いたいとせがむと、彼は少々面食らいつつも、答えてくれた。


「終わるのは夕方だけど……」

「待ってる」


 それだけ言って、レジ袋を受け取り、足早に店を出る。

 たぶん、今日の私は人生で一番勇気を出した。

 充実感と恥ずかしさに駆られて、独り車内で悶絶。

 せっかく温めて貰った牛丼も食べる気にならず、ひたすら待った。

 そうしていると、なんだか不安になってくる。


 現在私はコンビニの店員を出待ち中。

 これは一種のストーカーなのではないか?

 もしかしたら、警察に通報されるかも知れない。

 そんな最悪の事態を想定しつつも、待って、待ち続けて。


「おい、終わったぞ」


 コンコンと、車の窓を叩かれて、目覚める。

 どうやら、眠ってしまっていたようだ。

 慌てて身だしなみを整えて、ドアを開ける。

 辺りを見渡すとすっかり日が傾いており、夕日を背景に彼が佇んでいた。


「お、お疲れ様……」

「ああ、疲れた」

「とりあえず、車に乗る……?」

「そうさせて貰えると助かる」


 私が労うと、彼は疲れた顔で答えた。

 仕事を終えた彼を、車内に迎える。

 2人並んで座席に座って、暫し沈黙。


 何か話さないと。

 そうは思っても、なかなか話題が見つからない。

 というか、いつも何を話してたっけ?

 記憶を探って見ると、特に何か語らったことがないことに気づき、完全にお手上げ。


 そんな、ひとりで焦ってテンパる私に、彼は質問を投げかけた。


「それで、俺に何か用か?」

「べ、別に、これと言って用があるわけじゃないのだけど……」

「なんだ、てっきり怒ってるのかと思った」


 しどろもどろな私を見て、何やら彼は安心した様子で、ほっと安堵のため息を吐いた。


「店員だってことを黙ってて、悪かったな」

「い、いいの……気にして、ないから」


 改まって謝罪されても困る。

 そりゃあ意地悪されたことには腹は立つが、今となってはどうでもいい。

 おかげでこうして知り合うことが出来たのだから、むしろ感謝したいくらいだ。

 そう思ってお礼を言うべきか悩んでいると、彼はレジ袋を差し出して。


「味噌ラーメン買ってきたから、食おうぜ」


 その甘言に、私は言おうとした言葉を飲み込み、こっくりと頷く。

 そう言えば、昼食を食べていないこともあって、お腹がペコペコだ。

 放置していた牛丼はすっかり冷めてしまっているものの、丁度良かった。


 彼のラーメンの温もりで、冷えた牛丼も美味しく食べることが出来る。


 むしろいつもよりも一段と美味に感じられて、ガツガツと完食。

 彼もラーメンを食べ終えて、別れの時間となった。


「それじゃあ、またな」

「ま、待って!」


 車から降りようとする彼を、思わず引き留めた。

 どうしてそんなことをしたのかは、自分でもわからない。

 いや、本当はわかっている。

 それを口にする勇気がないだけだ。

 しかし、今日の私はいつもより勇敢だった。


 レジ前で食い下がることが出来た今日の私なら、言える。


「……好き」


 絞り出したのは、その一言だけ。

 主語はなく、何が好きなのかは不明瞭。

 それが牛丼なのか、味噌ラーメンなのか、それとも他の特別な何かなのか。


 肝心なところを曖昧にしてしまった自分に不甲斐なさを覚えていると、不意に。


「俺もあんたが好きだよ」


 彼はきちんと主語を用いて、私を好きだと言ってくれた。

 それによって不明瞭だったものが明瞭となって、明白へと変わる。

 要するに我々は、相思相愛だったわけで。


 彼が身を乗り出して、顔を近づけてくる。

 言葉は必要なく、私は黙って目を閉じた。

 唇に感触が伝わり、味噌ラーメンの香りが鼻をつく。


 恐らく、私が食べた牛丼の香りもまた、彼に嗅がれただろう。


 二つの香りが混じり合い、絶妙なハーモニーを生み出す。

 やはり、この組み合わせは至高だ。

 牛丼と味噌ラーメンに導かれて、私は本物の幸せを手に入れたのだった。

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味噌ラーメンと牛丼 お先真っ暗なクロのスケ @osaki-makkurana-kuronosuke

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