27 王子は乳母にもう一度求婚する

「あたしはあんたが嫌いだったから、夫にはとにかく真逆の人をと思って選んだ。真面目でお堅い人。―――それが失敗だったのかもね」

 オスカーを抱えながらどこか遠くを見る。

「義両親は古い考えの人で、同居して、家のことは嫁が全部やるもんだって言ってた。でも保育士は人手不足で後任が見つからないのが現状だし、夫一人の稼ぎじゃ暮らしてけない。そう言っても分かってもらえなくて。だけど生活できないから働き続けたわよ。……さて、一人目産んだら、女の子かって怒られて。なんでも跡継ぎに男の子がほしかったらしいのね。もしかしたら口実だったのかもしれないけど。思い通りにならないあたしが気にくわなかった。男の子じゃなかったのはあたしのせいだって怒鳴られたわ」

 光輝があきれて、

「それは誰のせいでもないだろ。男女どっちでも無事生まれてきたなら、素直に誕生を祝えよ」

「地元の元地主の家で、プライドだけは高かったのね。もう土地もろくに残ってなかったのに、いつまでも地主様気取りだったわけ。後で知ったけど、元小作人の家は見下して、挨拶すらしなかったんだって。第二次世界大戦後、地主制度がなくなって土地を奪われた恨みもあったのか、後にそこを買って引っ越してきた無関係の人も馬鹿にしてたみたい。旧家の人には愛想良くて、露骨に他の人は仲間外れにするとかやってたそうよ。自分は偉いと思い込んでて、夫も小学校から私立に行かせて自慢するような親だった」

 そうと知ってたら結婚しなかったな。結婚前会った時は保育士ってことで、子供好きのいい母親になると思われてたから愛想良かったのよ。

「次第に夫も親の側につき始めてね。育児は母親が全部やるものって全然手伝ってくれなかった。……本当に、何一つ」

「あ、それで男親も育児やれって叫んでたわけ?」

「そう。ミルクもあげない、オムツも替えない。あたしが帰るまで泣いてる娘をそのまま放置して、別の部屋にいたこともあったわ」

 離婚を考えるようになったのはそのあたりからだったと思う。

「娘が泣けば怒鳴り、うるさいからって別の部屋へ行く。土日も自分の趣味や付き合い、義両親を優先。あたしと娘置いて、三人で旅行行くのが何回あったかな。そのくせ義両親は早く男の子生めってプレッシャーかけるし」

 嫌な記憶を吐き出すように続けた。

「あたしも甘いわね。二人目男の子生めば、みんな変わってくれると思ってた。娘もいるし、離婚したら子供がかわいそうかなってのもあったし……。けど第二子妊娠中、舅が倒れて介護が必要になったの。ここぞとばかりにあたしに勤めやめて介護と家事やれって言われた。もちろん育児も全部あたしが一人でやるのよ?」

「それはないだろ……。上の子いて、二人目がお腹にいる妊婦に無理じゃね?」

「勝手に退職届出されて、園長にも話つけられてた。強制的に同居。そんな中、二人目も女の子って分かったのよ。さあ、どうなったか想像つくでしょ」

 あたしは天を仰いだ。

「離婚届つきつけられ、荷物まとめる暇もなく放り出されたわよ。こっちもブチギレて、弁護士頼んだわ。園児の保護者に弁護士がいたからね。同じ女性として許せないって、思ったより高額の慰謝料ぶんどってきてくれた。だけど知ってる? 実際慰謝料払う男って少ないのよ。元夫は一銭も払わなかった。また弁護士が力になってくれて、強制的に差し押さえたわ」

「同じ男として言っていい? 最低だなそいつ」

「実家に戻って生んだけど、うちの親も高齢だったからそんな手伝ってもらえるわけじゃない。幸いあたしは保育士で仕事はあったから、必死で働いて娘たちを育てたの」

 唯一の救いは子供たちがまっとうに育ってくれたことだ。

「上の子が結婚する時、元夫に結婚式に来てくれないかって言いに行ったらしいの。元夫は離婚後すぐに再婚相手を探したそうだけど、あたしにした仕打ちがバレててね。元々近所は良く思われてなかったから。『あのうちの息子はDV夫だ』『跡継ぎ生まないと駄目だって時代錯誤なこと言って、女の子はいらないと妻子を追い出したって』とか噂が広まり、村八分状態にされたそうよ。とうとういられなくなり、引っ越した。それでも娘は父親に会いたかったのね、本当にそんなこと言って自分たちを追い出したのかと信じてなかったみたい。どうにか転居先を突き止めて会ったら、よ」

「ひどいこと言われた?」

「娘の婚約者が帰ってきてマジ切れしてたからね。その場でも怒ってくれたみたいだし。……娘はちゃんとした男性と結婚できてよかったわ」

 それだけは救いだ。

「下の子もいい人と巡り合えて。孫にも恵まれたわ。……でも―――幸せな人生を送れたかと言われると、正直答えられないわね。やっぱりどこかで思うのよ」

 胸の中に刺さったトゲは簡単に抜けない。

「あたしが元夫を選ばなければ、娘たちは嫌な目に遭わずにすんだ。寂しい思いをさせずに済んだんじゃないかって。あたしのせいで―――」

 光輝の言葉がきっかけで同級生にいじめられた。だから繰り返すまいと、真逆の人を選ばなきゃって強迫観念があったんじゃないか?

 そう思うあまり、選択を誤ったんじゃないかと。

 今でも後悔する。

 ―――パァン!

 いきなり大きな音がした。

 オスカーが起きる、と思ったけど起きてない。よかった。

 いやいや、子供が寝てるのに大きな物音たてるんじゃない。って何の音。

 見れば、光輝が自分で自分の両頬たたいて悶絶してた。

「……何やってんの?」

 それしか出てこない。

「つくづく俺バカだと思って」

「知ってる。いつも言ってる」

 何を今さら。

「ひどいなぁ。いやさ、俺がちゃんと未来のその後を聞いてれば、速攻戻ってきてプロポーズして一緒に子供たち育てたのに」

「……はい?」

 後半言葉だけなら今と同じですね。

「そうすりゃ未来を幸せにできたんじゃん。俺大馬鹿。俺だって独り寂しく死ぬことなかったし、娘さんたちも父親代わりができたわけじゃないか。―――未来!」

 がしっと両手をつかまれた。

「過去には戻れない。変えることはできない。でも俺たちは二人でここにいる。きっともう一度チャンスをもらえたんだと思う。今度は未来に嫌な思いさせない、幸せにすると誓う。だから俺と一緒にいてほしい」

「…………」

 あたしは黙って見返した。

 犯人が逮捕されたら、契約は解消するつもりでいた。破滅ルート回避なら他の方法もあるだろうから。

 だけど……。

 せっかく懐いた子供たちも、あたしがいなくなれば悲しむのは目に見えてる。それを理由に契約を続行すればいいと言う自分がどこかでいる。

 自分のためじゃなく子供たちのためだと言い訳しながら。

 ……小学校時代のことは光輝が悪いわけじゃないって分かってるから。

 光輝は、ノアは甥たちのために一生懸命だ。悪いやつじゃないのも知ってる。

 でも、今さら許すと言えない自分がいる。

「……考えさせて」

 それが精一杯だった。

 ノアは笑顔になった。

「それでもいいよ。取りつく島もなかったのに、考えてくれるだけでもうれしい」

「……前から思ってたけど、あんたまさかMじゃないでしょうね」

「えー、違うよ?」

 ノアはいつものふざけた調子で笑っていた。

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