25 争いの原因はたいていろくでもない

 あたしは唐突にしゃべり始めた。

「……そもそも王族と一族が反目することになった理由をご存知ですか?」

 いきなりきかれ、祖父母は首をかしげた。

「いえ?」

「ずっと昔、建国当初の話です。ある兄弟がいました。兄弟は力を合わせて乱世を生き抜き、この国を作った。が、どちらが王になるかでもめた。その時兄弟は共にある女性が好きで、彼女と結婚したほうが王になると決めたんです。彼女は一方的な話に怒り、止めようとしました。でも兄弟は聞かなかった。勝手に勝負を始め、戦った。周囲を巻き込んで。……勝ったのは元々武に優れていた兄でした。―――ところが、彼女は怪我した弟を追って行ってしまった。そして献身的に看護し、結婚します。でも王には健康な兄がなった」

 弟は命はとりとめたとはいえ、後遺症が残ったから。

 一呼吸入れて、

「兄は負けたくせに彼女を奪ったと弟を恨んだ。弟は彼女と結婚したほうが王になるはずと兄を恨んだ。兄の子孫が王族、弟の子孫が一族なのは言うまでもありませんね? この憎しみが、もう理由も忘れ去られるほど長い年月受け継がれた」

 この話を知る者はこの世界ではほぼいない。あたしとノアが知ってるのは、外の世界から来たから。基のマンガを読んでたからだ。

 そしてこの兄の生まれ変わりがオスカー、弟のほうがリアムとされている。

「発端はそんなことだったんですよ。……どうです? 元はただの兄弟ゲンカと女の取り合いですよ」

 いざこざの原因てたいてい「は?」ってことが多いわよね。子供のケンカもそう。

 これもそういうレベルだよなぁ。

 祖父母はためらいがちに首を振った。

「いえ……。そんな理由だったとは……。どちらにも非があったのではないですか。ちょっと情けないですね、そんな理由でこれまで反目してきたとは。よくそんな話をご存知でしたね。宰相が争いをやめさせようと、調べておられたのですか?」

「いいえ、あたしとノアの調査で判明した事実です」

 そういうことにしといたほうがいいだろう。

 ノアも目でうなずいた。

「政略結婚の提案当時すでに分かっていたんです。だから兄上はそうやって内戦を回避しようとしたというか。その時公表すればよかったんですが、先祖の恥だと言われて」

 公表してればもっと早く簡単に差別がなくなったかもしれない。陛下の失策だ。

 どんな優れた人間でもミスはある。陛下もあまりに情けない話で、人に言いたくなかったんだろう。いまだに反目してる原因がただの兄弟ゲンカと女の取り合いじゃねぇ。

「今回、兄上からこの話を公表してもらいます。一族を王族の子孫という扱いに戻し、公爵位を得られるよう説得しましょう。長子ということでオスカーを当主にします」

 妥当な落としどころだろうね。

「リアムは将来、娘しかいない家に婿に行けば問題ないし。俺みたいに」

 あたしは勢いよくノアを振り向いた。

「は?」

「え、だってそうじゃん。ソフィアは一人娘だろ。俺が王族を離れて婿に入るって書類に署名したし」

「いつ!」

 見た覚えはない!

 はぐらかすノア。

 さてはプロポーズに来る前にサインしてたな!

 命令書と同時に作成したな、陛下とうちの父。

「実際効力発揮するのは、騒動が治まってからってことになってるけど。別に俺は肩書なんてどうでもいいし」

「そりゃあたしも気にしないけどね」

「うん、やっぱり俺たち気が合うと思うんだよー。だからソフィアもそろそろデレてくれていいんだよ? 最初の子は娘がいいなぁ、オスカーも弟はいるから次は妹がいいだろ?」

 急な話題転換にオスカーはとまどってる。叔父の娘が妹にあたるのか頭がついてかないらしい。

「……いもうと?」

「妹だろ。てわけでソフィア」

「寄るな阿呆っ」

 ハリセンで思いっきりひっぱたいた。

 アホな叔父に甥は冷ややかな目を向けてる。

「せんせい、ノアおじさんきらい?」

「ていうか、どうしようもないバカだと思ってる」

「うん、わかる」

 ほら、四歳児に同意されてるぞ、そこの十八歳。

「なんでせんせいノアおじさんとけっこんしたの?」

「なんでだろうね?」

 状況に迫られての契約です。

「それは俺が口説きまくったからだ! かなり長い間がんばったぞ。オスカー、言っとくが好きな子がいるなら諦めるな。来世までかかっても追いかけ続けろ」

「あんたは諦めろ。むしろあんたがストーカー気質じゃないの!?」

 考えてみればこいつのほうがよっぽどヤバい気がしてきた。

「だって謝って謝って謝って許してもらって結婚したかったんだもん」

 だもん、て大の男が言うな。

「俺は昔からソフィア一筋だし。でな、オスカー、前も言ったけど好きな子には絶対意地悪するなよ。来世まで許してもらえないから。自分を見てほしければ優しく誠実に。恥ずかしくても好きって言え。だからソフィアー、好きだよー、許してくれよー」

「この軽薄な態度のどこに誠実さがあるんだっ。オスカー、このバカを見習うんじゃないわよ!?」

 抱きつこうとするな。

「あ、オスカーの爵位授与はどうせ和解アピールのため式典やるよな。その時俺たちも結婚式しようよ。やっぱ、やってないのおかしいって。ていうか俺が単純にソフィアの花嫁姿見たいです。妄想した回数圧倒的ナンバーワンのシチュエーション。ウエディングドレスはもう発注してあるから!」

「なんで勝手に注文してあるのよ。さてはそれもうちの父かんでるわね!?」

 爽やかな笑顔の影で裏工作しまくってる父なら絶対やってる。

「ん、これサプライズでやればよかったか。あー、ミスった。まぁいいや、本人が許可してくれたほうがいいに決まってるし?」

「許可するはずないでしょうが。どんな恥ずかしいプラン考えてる。むしろ全力で計画潰す」

「だって長年恋焦がれた子と結婚式なんて夢みたいでうかれても仕方ないじゃないか。ドレスだってどれだけあれがいいこれがいいって考えたと思ってるんだ? 考え抜いて作らせたドレス着た世界一美しい花嫁に結婚指輪はめて……あ、別にもう一個作らせてるから。ソフィアはめったにデレてくれない究極のツンデレだけど、それもまたよし。でもさすがに式ではデレてくれると予想してる。そんなかわいいソフィアがやっと俺の奥さ」

 ずぼっ。

 ハリセンを口につっこんで物理的に黙らせた。

「もがががががが」

「はい、寝言は寝て言いなさいね? あ、すみませんがもういいですか? ちょっとこの大バカ者をシメたいので」

 にっこり。

 祖父母はひきつった笑みを浮かべて退散した。

 それはあたしが恐かったのか、王子が思ったよりバカだったからか?

「……これ以上もめずにお引き取り願いたかったからって、また演技させんじゃないわよ」

 じろりとノアをねめつけた。

 ノアはやっとこさハリセンを除去して、

「顎が外れるかと思った。容赦ないなぁ。でも今のは本気だよ?」

「はいはい、妄想は妄想にとどめておきなさい。現実と混同すると誰かさんみたいなことになるわよ」

 言うまでもなくジャックのことだ。

「さて、オスカーくん、おじいちゃんたちのとこに行かないって決めたみたいだけど、いいの?」

「いい。おじいちゃんもおばあちゃんもぼくがきらいだから」

 娘が浮気してできた子だと思い込み、追い詰めた。嫌われていると思うのも当然だろう。

「そうじゃないと思うわよ。ただちょっと悪い人にだまされてただけ。嫌ってなんかないわよ」

「もしやっぱりおじいちゃんたちと暮らしたいって思ったら、遠慮なく言うんだぞ。ちゃんと希望は叶えてやるから」

「……ノアおじさんはぼくがいるのいや? めいわく?」

「まさか」

 ノアはあっさり否定した。

「俺は一気に家族が増えてうれしいぞ。大事な甥っ子で、兄さんの忘れ形見だから」

 下手すりゃ年の離れた兄弟にも見える。ノアは子供っぽいからなぁ。むしろオスカーのほうが精神年齢上かも。

「俺もソフィアもお前たちが邪魔なんて思ってない。安心してうちにいていいからな」

「そうそう。このおバカな叔父さんにはわがまま言いまくって迷惑かけまくっていいからね。こいつも小さい頃はさんざん人に迷惑かけてたんだから。因果応報よ。どれだけやらかしたか、武勇伝聞かせてげようか? そうねまずは四歳の時……」

「ちょっと待ってソフィア! 俺の黒歴史は封印しといてえええええ!」

 情けない王子殿下の悲鳴が響きわたった。

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