24 ラスボス(御年4歳)の選択

 母方祖父母は覇気がなかった。

 葬儀の時の苛烈さは見る影もない。悄然とうなだれてる。

 平身低頭して謝ってきた。

「葬儀の最中に取り乱し、本当に申し訳ありませんでした」

「いえ、悲痛は分かりますから……」

 一族は身分からいうと臣下だけど、いちゃもんつけられても困るのでノアも敬語を使ってる。

「ですが、あわや全面戦争を起こしかけてしまった責任があります。どんな罰も受ける所存です」

 本来は聡明な人たちだ。和解の提案を受け入れ、内戦を回避したのだから。

 ノアは二人を座らせた。

「もうご存知と思いますが、ジャックが容疑者として逮捕されました。身内が犯人、こちらこそ謝罪しなければなりません。申し訳ありませんでした」

 前王の妹が親戚降嫁し、その後に生まれたジャックは正確には王族じゃないけど、血縁関係でいうと近い。

「必ず厳罰に処すと約束します」

「ありがとうございます」

 祖父母は目頭を押さえた。

「今思えば、私達もだまされていたのですね。娘は本当はジャック殿が好きだったのに別れさせられたと信じておりました。子供たちもオリバー殿ではなくジャック殿の子だと聞かされて」

「信じていたのですか?」

 ノアの声音にあきれが混じる。

 ていうか、ちょっと。オスカーの前で父親がジャック疑惑持ち出していいの?

 あたしとノアは思わず焦ったけど、オスカーは黙って別の椅子に腰かけていた。

 ん……?

「はい……ジャック殿の嘘は巧妙でしたし。口が上手いですから。オリバー殿も知っておられたから、てっきり怒りの末の無理心中だと」

 葬儀で騒ぎを起こしたのは、浮気が公になったらヤバいと考えたからか。

 浮気なんてしてなかったのに。

「それにジャック殿は左利きだったというじゃないですか。私共の一族には左利きなどおりません。つまりジャック殿こそ本当の父親だと思ってしまったのです」

 あたしはノアにきいた。

「左利きってのは本当?」

「すっかり忘れてた。そういえば一回だけ聞いたことがあるな。矯正されて右利きになったって。今でもまだ左利きはみっともないって言う人いるだろ、当時は余計。父親が頑として右利きに矯正させたらしい」

「そうなの? あのですね、親が左利きでも子供に出るとは限らないんですよ。いきなり出ることもあります。あたしが実例。遠い親戚に一人いただけのが、どういう遺伝子の覚醒か出ましたからね」

「ええ、そうだったんでしょうね。でもその時は娘が浮気してできた子だと思い込んでいたんです。せっかく和解したのに、それならなぜ初めからジャック殿と結婚しなかったのかと娘を責めました。私達自身も自分を責める毎日でした」

「義姉さんが浮気なんてありえませんよ。夫婦仲は良好でした」

 実の親より義弟のほうが潔白を信じてるって。

「でも、娘からの愛をつづられた手紙など持っていて。あれも偽造だったんですね」

 親がだまされたってことは、筆跡まで似せてたってことか。どうやって見本を入手したんだろう?

「エリニュスさんが気の毒です。奥様なのに、夫が愛していたのは別の女性で、しかも罪を犯したなんて」

「そうですね。彼女の今後も考えねば」

 ジャックの罪は重い。少なくともお家断絶くらいにはなるだろう。するとエリニュスは離婚は認められても、生活に困ることになると。

 うーん、そんなに困るとは思わないけど。世間的にはエリニュスも被害者って思われてるし。元々美人な国一番の完璧淑女だ、すぐ再婚できるよ。傷ついた女性を慰めたいって思う男性は多かろう。

「一族で話し合いまして、ジャック殿をきちんと処罰していただければ報復などしないことに決めました。また、いずれオスカーかリアムのどちらかを当主に迎えたいと思います。なんといっても、一人娘の子ですから……」

「ですので、子供たちをこちらで引き取らせて頂けませんか?」

 ノアは答えなかった。

「もちろん身の安全は保障します。半分王族の血が混じっているからといって、決して差別することは致しません。私たちが責任もって育てますし」

 第三者の観点からすると信用できない、が正直な感想だ。だまされ娘を信じず、あまつさえあれだけのことをしでかしたのだから。

 ノアは冷静にオスカーに問うた。

「どうする? さっきも言ったが、お前がそうしたいなら俺は止めない」

 オスカーは全員を順繰りに見つめ、祖父母に目を戻した。

 はっきりした声で言う。

「いかない」

 祖父母は仰天した。

「なっ、なぜだ? おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に暮らそう!」

「だって、ふたりともぼくたちがパパのこじゃないってなんどもいってたもん。ママはかなしそうだった。ちがうっていってもしんじてくれないって。パパもこまってた」

 オスカーとリアムがオリバー様の子じゃないって言ってたのは祖父母。ジャックの子だと信じてたからこそ、バレないよう右利きに矯正しようとした。

 もちろん使用人の中にも嘘を信じてた者がいたに違いない。

 そんな中で暮らさねばならなかった幼子はどれほど傷ついたか。

「オスカー、ごめんね。おばあちゃんたちも騙されてたの。もう言わないわ。だから」

「ママにパパとおわかれして、だれだっけ、だれかとけっこんしろっていってたくせに。ぼくいかない。ノアおじさんとこにいる。おじさんはママしんじてくれたし、せんせいやさしいもん。かなしいこといわないし、こっちのてつかうこはだめだとかいわないし、ふくよごしてもおこらないし」

「オスカー……」

 どれほど自分たちが孫を傷つけてたか、やっと分かったらしい。

 まったく、子供の前でエマ様に離婚と再婚を勧めてたとか。それが真実で、結婚後も浮気するようなら、初めから候補者だったジャックと結婚してるでしょ。

 当時もしエマ様とジャックと結婚させるなら、ジャックを王族に復帰させるって言われてたんだから、王弟って地位に目がくらんだってのはおかしい。

 あたしは嘆息した。

 何で祖父母もジャックにここまでだまされたんだ?

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