22 乳母は王子の手を振り払えない

 ノアが戻ってきたのは午後になってからだった。

 よっぽど急いでたのか疲れてるのか、はたまた両方か、変装してないから急いで応接室にひきずりこんだ。

「こら、一応変装しなさいって言ったでしょ」

「分かってるけどさー……腹減った。……昼飯も食ってない……」

 バタンキュー。

 空腹も合わせてトリプルコンボだったか。こういう時こそ厨房で何かもらってきなさいよ。

 とはいえ予想してたから、給食一人分残しといた。パンケーキも。

「さすがソフィア! 俺のこと分かってる! 夫婦だから通じるものがあるんだな」

「契約なのもう忘れた? ただ前世の小さい頃から知ってるから、大体行動の予想がつくだけだっつの」

「いや、夫婦の理解ってことにしとく」

 しなくていい。

 ノアはあっという間にたいらげた。

「うわ、生地めっちゃフカフカ! しかも旨い。金取れるレベル。……で、襲撃者は例の組織から分派した連中だった」

「作った男性保育士は前職がカフェの調理場担当だもん。……組織は潰したはずだけど、そっか、分裂した連中もいたのね」

 そこまでは取りこぼしたか。

「そう。この写真の男見覚えあるか?」

 顔写真を見てあたしは声をあげた。

「前いた園児の保護者じゃない。例の、障害者を入園させるなって苦情言ってきた親」

「らしいな。調べてみたら、転園先でも親が問題行動起こして退園を迫られ、逆ギレして職員への傷害行為・器物破損、脅迫・業務妨害で逮捕されてる。仕事もクビで、不満がたまって過激派に入ったらしいんだな。子供は現在小学生、こっちもやらかして児相に送致されてる」

「……あの子もそうなっちゃったの……」

 あたしは苦し気に言った。

 そうならないでほしいと願ったが。

「連中は依頼されて動いてただけらしい。例の組織の下請けみたいなもんだったから、親玉が潰されて金欠ってわけ。元園児の保護者で内部を知ってるこいつが実行犯の一人に選ばれたわけだな」

 けど警備体制が様変わりしてたのは計算外だったと。

「依頼人は分かったの?」

 初めてノアが言いよどんだ。

「……ジャックだそうだ」

「はあ?」

 ノアを見返す。にしてもシリアスなシーンなのに顔に生クリームめっちゃつけてて決まらない。

つくづく残念なイケメンだ。

「和解賛成派の主要メンバーが過激派組織とつながってたってこと?」

「依頼のための使者がジャックんとこの使用人だった。過去何度も例の組織や今日の連中に資金提供してて、毎回同じ使用人が持ってきてたから面が割れてたわけだ。現金持ってってたのはびっくりだな」

 他にも手段はありそうなもんだけどね。なんでそんな覚えられやすい手を。

 例の組織は賛成派反対派関係なく、王族も一族も、いや世の中全てを混沌のうずに引き込むことを目的としてた。賛成派主要メンバーで王族の端くれが援助してたなんて。

「これ、バレたら相当やばくない? 一族側が怒り狂うわよ」

 ストーカーがフラれた腹いせに過激派に接触、殺人を依頼したって非難するに決まってる。しかもジャックは現王の従兄弟だ。王族の責任問題にもなる。

「かなりヤバいな。家宅捜索したら、ストーカーの証拠もゴロゴロ出てきたんだよ。義姉さんの隠し撮り写真とか、行動の記録とか」

 ノアが疲れてつっぷす。

 これはげっそりするはずだ。

「どうやら義姉さんの護衛や侍女の何人かを買収して、送らせてたらしい」

「うっわ……」

 背筋がゾワゾワしてきた。

「買収されてたとみられる奴らは全員あの日に殺されてる。使用人に至るまで皆殺しにされてたのは口封じだって分かったわけだ。単に金銭で買収されたのか、和解のために結婚した女がよからぬ動きしてないか賛成派として見張るためだとか言いくるめたのか謎だけど」

「オスカーとリアムが助かったのは本当に運が良かったのね……」

 かばった両親の血を子供たちのものと勘違いし、気絶してたこともあって絶命してると間違えたんだろう。

「ジャックも子供たちが助かったことは早いうちに知ったはずだ。あれでも母親が元王族だからな。でも城に保護されてたし、軍を動かせる俺が守ってて手が出せなかった。ところが葬儀で見かけた。愛した女の子を」

「エマ様が自分と浮気してできた子だと偽わって手に入れ、殺すつもりだったか。それとも妄想を真実と信じ込んで、自分の子として育てるつもりだったか。しかも逮捕される前に、失敗したら過激派に襲えと手配済みだったわけね?」

 ゾッとする。

 警備やノアがいたから園内は安全だったけど。もしいなかったら……。

 あたしも殺されていたかもしれない。

 ふいにあの子にされた仕打ちが蘇ってきた。

 あたしは立ち向かったけど、恐くなかったといえば嘘になる。

 あの時あたしは一人だった。男子はいじめに気づいてなかったし、女子は報復恐れて見て見ぬふり。誰も助けてくれなかった。

 先生すら最初は信じなかったんだから。証拠を集めて提示して、やっと信じてくれた。

 それまで一人で戦わなきゃならなかったんだ。

「―――大丈夫」

 顔を上げたノアが手を握りしめてきた。

 くしくも結婚指輪のはまる左手だった。

「今度こそ俺がソフィアを守るよ」

「―――……」

 破滅ルート回避もきっと、一人じゃできない。

 でも、二人なら。

「……自分で自分の身くらい守れるもの。あんたに守ってもらわなくても結構」

 ほだされそうになったのを知られたくなくて、ついかわいくないことを言った。

 だけど、手は振り払えなかった。

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