20 最近の教育機関は不審者出現時の対策も必須

 翌朝もオスカーの表情は暗かった。

 だからわざと保育所に連れて行き、気がまぎれるようにした。

 でも朝ちょっとした騒ぎがあったから、出るのがギリギリになった。

 ジャックが押しかけてきたのだ。

「はあ?」

 あたしは露骨に顔をしかめた。昨日の今日かい。

「ライオンに吠えられて、ビビりながらも同じこと繰り返してるらしい。うちの警備が捕まえて署に連行した」

「ちょっと。エリニュスがちゃんと見張るって言ってなかった?」

「だから一般診療前に専門医に診せるつもりで連れてったんだと。他の人間に見られたら恥だから、朝早く。病院まで行ったから見張りも油断してたんだな。トイレに行くとみせかけて脱走したらしい」

「病院からここまでどうやって来たのよ。徒歩じゃないでしょ、タクシー? タクシー代どうしたのよ。まさか現金持たせてたんじゃないでしょうね」

 カード類も持たせないでよ?

「奥さん曰く持たせてない、どこで手に入れたか不明だって。ジャックも言おうとしない。タクシー運転手によれば、乗った時すでに持ってたそうだ。病院で誰かからまきあげ……借りたか?」

「まだ一般診療前なら、いたのは病院関係者だけでしょ。さすがに全員はジャックの病状知らなかったから貸したってこと? 口が上手いわね。誰だか突き止めて返さして厳重注意しなきゃ。ていうか、どうしてわざわざ連れてったの? 医者の方から来てもらえばいいじゃない」

 現代日本では身内が患者を医療機関に連れていく以外ないが。精神科専門医に往診はしてもらえない。

 これが非常に厄介なんだ。自覚があって大人しく言ってくれる患者はいい。そういう人はそもそも大したことないと思う。

 本当にやばいのは自覚がないからね。暴れて暴力ふるって、とてもじゃないけど危険すぎるケースが一番大変だ。

 だからプロの業者に連れて行ってもらうこともあるという。そういう業者存在するよ。いくら暴れても対処できるプロが。ただし相応にお高いけどね。

「そのまま強制入院させるつもりだったから連れてったってさ。こういう事態を恐れて」

 だったら目を離すな。

「措置入院させることに決まった。危害を加えないよう身柄を確保、その間に捜査を進める」

 精神科への入院にはいくつか種類がある。現代日本の法律で言うと、任意入院、医療保護入院、応急入院、措置入院、緊急措置入院だ。

 任意入院はいいのよ、本人に自覚があって入院に同意してるんだから。大変なのがそれ以外。

 今回は配偶者であるエリニュスが同意してるから医療保護入院にするとこだったけど、脱走して保育所に押しかけたもんだから「他害の恐れがある」と判断されて措置入院ってわけだ。

 措置入院は現代日本なら「知事の診察命令による二人以上の精神科医の診察結果が一致した場合」だ。こっちの世界でいうとノアは知事レベルの力を持ってる上、陛下っていう最高権力者が許可したと。

「そうしてちょうだい。まだ園児も登園前でよかった」

 でなきゃパニックになってたとこだ。

 そんなわけでギリギリになってしまった。

 登園したらリュックを棚に置き、ループタオルと給食袋、歯ブラシ袋をフックにかける。その後は自由遊び。

「ようし、オスカー、どっちが上手く泥団子作れるか競争しないか?」

 バカだ。バカがいる。

「……いい」

「なんだよー、作ろうぜー? 俺も色々教えてもらって、どこの砂でどうこねればイケてる泥団子が作れるか、だいぶ分かるようになったぞ」

「コウキせんせい、ぼくらもやるーっ」

「おう、今日も国宝級の泥団子作るぜ! 完成品は美術館に陳列しよう」

 国宝級の馬鹿は真剣に子供に混じって泥をこね始めた。美術館てどこだよ。

 ノアは中身子供だから、特に男子に好かれてる。前世でも男子のリーダーみたいな奴だったしなぁ。園児もすぐ『ボランティアのコウキ先生』に懐いてしまった。

 それにしてもオスカーは元気がない。

 どうしたもんか。

 一計を案じた。

「乳しぼりしたい子、おーいーでーっ」

 わらわらーっと牛・ヤギの周りに園児が集まる。何人か率先してオスカーに乳しぼりのやり方を教えてた。

「こうやるんだよ。ぎゅーでびゅーっ」

「わっ、でた」

「もっとぎゅーって」

 アニマルセラピーです。動物たち、もっとカモン。

 理解した癒し系動物たちがオスカーにスリスリした。

 オスカーも自分より小さいモフモフした物体は嫌がらない。

「これどうすんだ?」

「加熱して飲む」

「へえー」

「せっかく乳しぼりしてくれたから、これ使って何か作ろうか。そうねー、パンケーキなんてどう?」

「ぱんけーき?!」

 オスカーの目が輝く。ふむ、作戦第一段階成功。

「うん。さあ皆、パンケーキ作るのに必要な材料はあとなにかなー?」

 小麦粉、ベーキングパウダー、砂糖、卵と声があがる。

「そうだね。卵は鶏とアヒルにもらいに行こうか!」

 鳥小屋(夜間は入れとく)で呼びかけて卵をもらう。住処提供する代わりに時々もらうのさ。

 オスカーは卵を持ったのも初めてだったらしい。おっかなびっくり。

「あったかい」

「生みたてだからね。うーん、トッピングもほしいなぁ。イチゴ取りに行こう!」

「いちご!」

 子供たちの目が輝く。図体のバカでかい阿呆も同様。

 畑へ引率しながら『マーシャとくま』の話をして「勝手にどんどん言っちゃだめだよ」と教える。ただしマーシャの家族のとこはぼかした。

 ビニールハウス内は取り放題です。

 みんなテンションアゲアゲ。

 畑・果樹園・ビニールハウスは住処を失った妖精や蜂たちの家でもある。庭師を手伝い、管理してくれてるんだ。

 『蜜蜂マーヤ』の話をして、鉢に蜜をもらう。

「今日は生クリームと蜂蜜とイチゴのっけちゃおっかー」

「マジで?! 超贅沢じゃん! 俺も食っていい?」

 これも誰かさんのほうが喜んでる。あんた本当に今世は王子?

「言わなくても食べる気でしょ。厨房でつまみ食い常連が。いいわよ」

「やったー。……じゃあ、作るの口実に子供たち連れ帰ってくれ」

 ノアが後半真剣な声でささやいた。あたしは弾かれたように顔を上げる。

「今度は何?」

「正体不明の複数の敵から攻撃を受けてる。警備チームが応戦してて、俺も加勢してくる。周りは結界張ってあるし、怯えないよう音も聞こえないようにしてあるけど」

「分かった。すぐ戻る」

 ノアは静かに姿を消した。あたしは普段とかわらない声で、

「みんな、戻りましょー。パンケーキ作ろうね!」

 園舎に戻ると、園長はすでに緊急通報を受けて加勢に行った後だった。

 園長が行ったなら安心だ。すぐ片が付くだろう。

 他の先生たちと協力して、不審者が侵入した時用のマニュアルに沿い、園児の安全を確保。全員屋内に入れ、必ず大人が付き添うようにする。ドアは鍵を閉め、子供たちが怯えないよう、室内遊びでごまかした。

 動物たちもさりげなく園舎を囲み、辺りを警戒してくれている。

 そのうち前職が調理師の男性保育士が山盛りパンケーキ作ってくれて、みんな注意がそれたから助かった。なにしろ生クリームと蜂蜜かけ放題、イチゴ乗せ放題だ。これで喜ばない子供はいない。

 ノアからもう大丈夫と連絡を受けるまで、その態勢のままでいた。

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