19 容疑者現る
寝かしつけして、明日の支度をしてると侍女がやってきた。男性保育士の奥さんで、現在ノア付きの筆頭女官だ。
「少々よろしいですか? 実はどうしてもお子様方に会いたいと言う方がおみえでして。お引き取り願ったのですが、もうかれこれ二時間待ち続けていて」
ノアはため息ついて、
「義姉さんの両親だろ」
葬式で騒いでた詫びに来た? それとも祖父母なんだから孫を渡せと言いに来た?
後者ならお断りだ。あれだけの騒ぎを引き起こした人間に、誰が子供を任せるか。
「いえ、違います。殿下の従兄弟ジャック様です」
はい?
あたしとノアは顔を見合わせた。
ん? 何でここで急に従兄弟が登場?
あたしの記憶が確かなら、彼はノアの父の妹の息子。前王の妹はB公爵家に降嫁しており、その息子ジャックが現在の当主だ。23歳。和解賛成派の中でも中枢。
今日のを上手く収めてくれてありがとうって礼なら分かるけど、それも彼がわざわざ言いに来ることじゃない。しかも会いたいのは子供たちだって? まったく必然性がない。
「私どもも訳が分からず……」
「俺が会ってみよう。ソフィアは先に寝てろ」
「こっそりのぞいてる」
別室から水晶玉でのぞくことにした。
「なんだ、ノアか。なぜ子供たちを連れてこない?」
つっけんどんな声がした。
ジャックは従兄弟だからノアに多少似てる。温和で理知的と人気がある人物だが、今はそれがカケラもない。
ちなみに人気はノアほどじゃない。外見と基本スペックと外面だけはいいからなぁ。本性はろくでもないんだけど。
「もう寝てる。そもそも何でお前に会わせなきゃならないんだ?」
「あの子たちは私の子だからだ!」
ジャックは爆弾発言を落とした。
……はいいいいいいい?
あたしは思わず声をあげかけた。別室だから問題ないけど。
何とんでもないこと言い出してるんだ、この人は。
「ありえない」
ノアは冷静なものだった。あっさり否定する。
でも内心はかなりびっくりしてるな。顔に出さないだけ。一応王弟としてそういう訓練は積んでる。
「義姉さんが浮気してたって? そんなわけないだろ。オスカーとリアムは兄さんの子だ」
「だが事実だ! あの子たちは私の子。私と真の恋人との子だ!」
目がおかしい。異様な輝きを放っていた。
……この人、狂ってない?
あたしはいぶかしんだ。
この目はあの子を思い起こさせる。前世、思い込みで嫌がらせを繰り返した子だ。
自分の都合のいいようにしか考えず、それ以外信じない。自分は正しいと思い込んでる。
今時の高齢者に多い傾向でもあるね。他者への攻撃なのに、相手を正しい方へ導くための『指導』、相手のためになるからやってあげてるんだ感謝しろって思考。迷惑行為だって自覚がない。
ジャックはどこか恍惚とした表情で叫んだ。
「元々彼女は私と結ばれる運命だったんだ。すでに恋人同士だった。オリバーが邪魔さえしなければ……!」
そういえば政略結婚の話が出た時、実は候補者は二人いた。もう一人がこのジャックだ。でも王弟オリバー様が選ばれたのはより王に近い血縁だったからと、一族の娘エマ様もオリバー様を望んだからだ。
今にして思えば、この狂気に気づいていたからかもしれない。
「義姉さんとお前が恋人同士だったなんて聞いたこともない。大体、お前の子であるはずがない。兄さんたちの結婚後、お前もすぐ結婚して領地に赴き、会ってもいないだろ」
「彼女のほうから密かに会いに来てくれたんだ!」
「和解反対派に危害を加えられないよう、兄さん義姉さんの周囲は厳重な警備がしかれてたんだぞ?」
ジャックが怒り狂って立ち上がる。
「彼女は私を愛していたんだ! そんな中でも会いに来てくれて……」
「―――申し訳ありません。夫がこちらにいると伺いまして」
いきなり割り込んできたのは美しい声。ジャックの妻だった。
C侯爵家の娘でエリニュス20歳。金髪碧眼のビスクドールのような外見の美女で、国一番の淑女と称されている。
「さ、あなた、帰りましょうね」
優しく夫に呼びかけ、連れてきた従者たちに連れ出させる。
ジャックはなおも叫んでいたが、複数人の屈強な男たちにかかられては細身の男ではなすすべもなかった。それにしても手慣れている。
完全に姿が見えなくなってから、エリニュスが再度頭を下げる。
「本当に申し訳ありません。夫の申し上げたことは全て妄想です。お恥ずかしいことに、妄想にとりつかれているのです」
「妄想?」
「はい。五年前、夫はエマ様に一目ぼれしたようなのです。けれど叶うことはなく……私との結婚後も忘れられなかったのですね。私達の間に子ができないことも重なり、ついに精神の均衡を崩してエマ様と愛し合っているという妄想を真実と思い込んでしまったのです」
ああ、そんな感じね。だってどう見ても普通じゃなかったもん。
「エマ様が夫を選ばなかったのも、この異常さを気づいていたからだというのに……。これまでは私どもも気を付けていてどうにかなっていましたが、今日の葬儀でショックを受けたらしく。お子様方を実際間近で見たこともあり、自分に似ていると。親戚ですから当然なのですけど。危ないと思って見はっていたのですが、見張りがほんの少し目を離した隙に抜け出して」
……一族の娘エマを一方的に好いていた男か。本来のストーリーにそんなキャラいたっけ?
考えこんでるとノアが戻ってきた。
「二人とも帰った。思わぬとこから容疑者が出てきたな」
「そうね。ストーカーが高じて拒絶されたと思い込み、相手を殺したかもしれない」
「その線で捜査しよう。こっちでもジャックに見張りをつけることにする」
「そうして。城に来るぶんには追い返せるけど、園に来られたら困る。もちろん警備チームはいるけどさ、他の保護者が不安がるし」
「移動中も近寄れないよう、警備を配置したほうがいいな」
「……にしても、エリニュスが来るとはねー……」
あたしは頬杖ついた。仮にも宰相の娘として彼女のことは知っている。
「あー、ソフィアはあんまり好きじゃなかったもんな。正反対だよな」
「ていうか、どうも彼女は好きになれないのよ」
「『完璧淑女で美人の侯爵令嬢エリニュス女神様』だから?」
「あー、ハイハイ。かたやあたしは公爵令嬢・宰相の娘のくせに走り回るわ乱暴だわ特筆すべき才能もないわ美人じゃないわ頭悪いわ性格悪いわって、よく比較されるのよね。悪かったわね」
だから元々苦手意識があるんだけど。
「いや、俺にとってはソフィアが女神だし。ソフィアのほうが美人で可愛くて性格よくて、とにかく最高。ほんとに俺の妻になってくれるとうれし」
顔面チョップかまして黙らせた。
☆
その夜、子供たちの夜泣きは一段とひどかった。
オスカーは何度も悲鳴をあげて飛び起き、あたしとノア交代で必死になぐさめた。
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