18 追悼

 寝かしつけがんばって、夜泣きに耐えた翌日。

 朝食後、着替えさせてからあたしたちは今日が葬儀であることをオスカーに伝えた。

 オスカーは何となく分かっていたのか、静かにうなずいただけだった。自己防衛の一種かもしれない。

 粛々と葬儀が行われた。

 あたしやオスカー・リアムも王族の一員扱いで、その列に並んでる。

 リアムはさっきたっぷりミルク飲ませたから寝てくれた。

 子供たちの母方祖父母も来ていて、泣いていた。それどころか、トラブルを起こした。「お前たちが娘を殺した」と辺り構わず怒鳴り散らし始めたのだ。

 ……これは確かにオスカーとリアムを預けるのは危険だね。

 あたしは冷ややかにそう判断した。

 陛下が王族側で引き取ってあたしたちに託したのもうなずける。

 周りは攻撃的な祖父母に戸惑いを隠せない。いくら悲しいからといっても、度を越していた。屋敷に勤めていた使用人たちの葬儀も合同で行われていたわけで、その親族など露骨に迷惑だという顔をしていた。

 一族側も見かねて何人かがやめるよう声をかけたが、逆に声は大きくなるばかりだった。

 あまりの大声に、リアムが起きて泣き出した。

「リアム、大丈夫よ。いい子、いい子」

 必死にあやす。

 周囲もまだ赤子の孫を泣かせるなんて、と冷ややかな目を祖父母に向けているのに彼らは気づきもしない。

「リアム、おにいちゃんもいるよ。こわくないよ」

 オスカーもあやそうとする。

 オスカーだって辛いだろうに。顔が強張ってる。

「人殺しと一緒に葬式などできるか! 娘の遺体は連れて帰る。どけ!」

 あろうことか、祖父母は無理やり棺を持ち出そうとした。他の会葬者を突き飛ばしてまで。

「……ふざけるな。お前らが殺したんじゃないのか?」

 ついに群衆から声がした。祖父母の暴挙に耐えかねたか。

 会場が凍りつく。

 祖父母は怒り狂って、

「なんだと? 誰が言った! 出てこい!」

「和解賛成と見せかけて、油断したところを殺したんだろ。娘まで巻き添え食ったのは計算外だったってわけか?」

 差別と反感というのはそう簡単になくならない。祖父母がここまで暴挙に出たのもそれゆえだろうが、会葬者のほうにもそういう感情が残っていたわけだ。

 それを目覚めさせてしまった。

「許せん! 言ったのは貴様か!」

「はあ? 違う! 何すんだ、こいつ!」

「やめろ!」

「おい、お前らも何する!」

 たちまちのうちに小競り合いが大ゲンカになってしまった。

 あちこちで怒号が飛び交う。元々火種はあったのだ、それに引火した。つかみ合いしてるところもある。慌てて警備が止めようとするが、もみくちゃにされる。

 あたしはとっさにオスカーとリアムを抱きしめ、視界を塞いだ。

 まずい、暴動になるかもしれない。

 何とかして子供たちを安全なところに……。

 ノアがあたしをかばうように立った。

「いいかげんにしろ!」

 一喝した。

 声音と威圧感に全員停止する。

 ノアが―――光輝がここまで怒ってるの初めて見た。前世でも見たことがない。

 あたしすら驚いてノアを見上げた。

 ノアは凍りつくような眼光を群衆に向け、

「葬儀は故人を偲ぶためのもの。騒ぎを起こす場ではない。死者の安らかな眠りより、八つ当たりして人を傷つけるほうが大事か? 悲しいのは皆同じだ。だが今は耐え、死者を悼むべきだろう」

「…………」

 みな行いを恥じ、大人しくなった。

 陛下はノアを止めず、黙って見ていた。

「……ノア。あたし、あんたは影響力のある立場だから発言と言動の与える力には注意しなさいって言ったわよね」

 あたしは小声でつぶやいた。ノアが振り返る。

「これは正しい使い方だと思う。……子供たちを守ってくれて、ありがとう」

「……ソフィアも守ったつもりだけど? そこは恐かったの、くらい涙目で言って抱きついてきてくれるとこじゃないかなぁ」

「来世でもありえない」

 何万年経ってもありえないから諦めろ。

「可愛い奥さんのデレた姿見たい。なあソフィア、大好きー。あっそうか、俺が抱きつけばいいんだな! めいっぱいハグして安心させてあげ……」

「公衆の面前で何言いだすか大馬鹿!」

 スパ―――ン。

 あたしは容赦なくハリセンチョップをくらわした。地面にめりこむノア。

 ノアのおちゃらけた普段の態度に、みんなあきれながらも元の位置に戻り、葬儀を再開した。

「……もう演技終了でいいわよ、ノア」

 あたしは小声で言った。近くにいた父が驚く。

「えっ、今の演技か?」

 娘が王子を遠慮もへったくれもなく撃沈させたことには言及しない。いつものことだからだ。

「こいつは昔っから、緊迫した場面を和ませるためにわざと必要以上にバカっぽくふるまうことがあるからね。あたしも合わせた」

 傍目には新婚夫婦が夫婦漫才やってるようにしか見えなかったろう。

「さっすがソフィア。言わなくても分かってくれると思った」

 ノアが頭を振って土を落としながら起き上がる。

 伊達に前世から腐れ縁やってないわよ。

「そうだったか……やはりお前は殿下とお似合いだな」

「やめてくれる? ただの腐れ縁だからね?」

「ま、俺、半分は本気だったけど。ソフィア、上手くやったご褒美くれない? できればキスがいいなぁ」

「地面としてこい」

 今度はグーで殴ろうか。

 構えたら、ノアはしぶしぶ引き下がった。

 その後は誰もトラブルを起こさず、無事終了。

 第二王子夫妻は王族の墓地に埋葬された。

 遺体は損傷が激しく、子供たちが最後の挨拶をすることもかなわず。

 ……棺が完全に土に埋まる時、はじかれたようにオスカーが泣き出した。

 これまで我慢してたんだろう。もう二度と会えないんだと実感もわいてきたに違いない。

 あたしがしゃがんでオスカーの背をさすっていると、ノアも甥の頭を優しくなでた。


     ☆


 その日はオスカーも早めに寝たいと言い出した。そのほうがいい。

 寝床に入れ、部屋を薄暗くする。

 リアムはすでに反対側で泣き疲れて眠っている。

「今日は話したいお話があるの。いいかな? 『ライオンとネズミ』」

 イソップ童話の有名な話をする。

「オスカーくんとリアムくんのマークにしたのはこのお話からなの。この後ライオンとネズミは友達になって、仲良く暮らしたんだって。リアムくんはまだ小さくて、何もできない。だけど大きくなったら二人で力を合わせて生きていけると思うの。―――いつまでも二人仲良くしてね」

「……うん」

 オスカーはうなずいた。

「ぼく、おっきいもん。リアムはぼくがまもる。なかよくする」

 恐い大人たちから弟を守ろうとした兄。その心を忘れないで。

「ありがとう。どうか、その気持ちを忘れないでね」

 この気持ちを忘れない限り、あなたたちはシナリオ通りにはならない。

 絶対にそんな未来にはさせないから。

 本当の親子のように抱きしめてお話してると、やがて眠った。

 眠る間際、「ママ……」と小さくつぶやいていた。


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