17 殿下、沐浴指導です

オスカーは「ものすごくたのしかった」そうで、帰ってきて夕食の間もずっとおしゃべりしていた。ちなみに帰宅後すぐお風呂に入れた。

「楽しかった? よかったねー。よし、リアムもお風呂入れようか」

 家から持ってきてもらった水着(ラッシュガード付)に着がえて風呂場へ。約一名ガッカリしてるのは無視しよう。

 入り口のとこで見てるノアに説明する。

「まだ低月齢のうちは台所のシンクにベビーバス置いて入れてもいいのよ」

「台所て」

「お湯がすぐ出る、立ったままできる、冬でも部屋をあっためやすい。産後しばらくは縫ってて座るのすらきついもの。ドーナツクッション必須よ。さ、順序だけど最初は足からゆっくりつけていく。体にはガーゼハンカチかけとくといいわね。手で少しずつお湯かけて、ベビー用石鹸・ボディソープで洗う。肌のシワ伸ばして、間も良く洗うのよ。特に関節や首。うっかり洗い忘れるとヤバいよ、一日でも引くくらいたまる」

 ボロッボロ取れるんだわ、これが。

「生後一か月も過ぎれば一緒のお風呂でOK。お風呂用チェアを使う人もいるけど、良し悪しでね。自分が洗ってる間そこにいてくれるけど、冬は冷たいのよ。だからあたしはササッと自分を洗い、その間は脱衣所のクーハンに寝かせてたわね。脱衣所ももちろん冬は暖房きかせるのよ。さて赤ちゃん洗う時は、自分は体育座りして、膝に足を開かせて乗せるといい。安定するのよ。背中洗う時も簡単に持ち上げられるし。終わったら湯船へ。のぼせないよう、早めに上がらせてね」

 長湯はできない。のんびり入れるようになったのは何歳の時だったかな。

「お風呂用の玩具はなくてもなんとかなる。粉洗剤のスプーン、ゼリーカップ、ペットボトル。タオル一つでも泡ぶくぶくできるし」

「あー、確かに」

「着替えだけど、先に用意しといてね。バスタオルしいて、着替えを全部重ねて袖まで通しておいて、さらにその上にもう一枚タオル。そこに赤ちゃんのっけて、上のバスタオルでふき、オムツ。へその緒ついてる赤ちゃんは消毒してね。あたしが生んだ産院では消毒薬を麺棒につけてトントン、専用の乾燥剤をパラパラしてた。ここはちゃんと病院の指示に従うように」

 赤ちゃんは髪の毛もあんまりないから、ふくだけでドライヤー不要。

「赤ちゃんを持ち上げ、上のバスタオルを引き抜く。すると準備万端の着替えがそこに。そのままのっけて袖を通し、着せて終了」

「おお~、なるほど」

 言われてみれば当たり前なんだけど、あたしも最初感動した。

「仕上げは水分補給ね」

 慣れるため、ノアにやらせる。

「飲んだ……けどゲップ出ない」

「タオルを丸めて、背中に置いて斜めらせればいいって言ったでしょ」

「ハイ、先生、忘れてましたすいません」

 復習せよ。

 ベビーベッドに取りつけたレンタルのメリー回してると、疲れて寝た。風呂上りは結構簡単に寝る。

「よーし、園グッズに名前書きしますか」

 もらった名前シール貼るやつは貼り、自分で書くやつは書く。

「粘土板、粘土ケース、ハサミ。カラー帽子、スモック。らくがき帳、クレヨン……うわ、クレヨンって一本ずつ書くのか」

「フタと本体箱にも書くし。ハサミもケースまで書くんだから。うちはないけど制服あるとこは制服も。あまりに書くもの多くて、お名前シールとかスタンプ作る人いるんじゃない。まぁだから経営厳しい印刷屋に援助してそういう会社も作ったけど」

「もはやお前企業再生機構じゃね? すごいな」

「あたしは昔の知識を使ってるだけだもの。自分で考えたわけじゃない。全然すごくないわよ。本当にすごいのは何でも最初に考えた人のほうでしょ」

「いやいや、知ってても上手く使えない奴もいるよ。俺みたいに。昔の知識も経験も何の役にも立ってないじゃん」

 それはそうね。否定しない。

「お話だってここまで覚えてるのは一種の才能だろ」

「作者なら才能でしょうけどね、それをただ覚えてるだけじゃ。これくらい、覚えてる人は覚えてるでしょ」

「ソラで軽く百以上は十分すごいと思うけど……。あっさりこういう袋物作るとかも、俺できないし」

「これくらい作れる人は山ほどいるわよ。あたしはただの凡人。でもそれで不満はないわ。『英雄なら短い一生、平凡だけど長い一生、どちらを選ぶか』―――これはギリシャ神話のアキレスね。アキレス腱のもとになった英雄の宿命。彼は前者を選んだけど、あたしは後者でいいと思う」

「ほら、すらっとそういう逸話が出てくるの普通じゃねーから」」

 そう?

 それより手が疲れた。右で書こうかな。両利きならではの技。

 オスカーは取り寄せた絵本を読んでた。

「読めるのか?」

「すこし」

「まだ絵を追ってる感じね。読んであげたら?」

「字は書けるか?」

「……かけない」

 オスカーが目を伏せた。

「ペンちゃんともててないっていつもいわれる。なおしてもまたちがうって」

「……ああ。オスカーくん、先生の見て持ってごらん」

 ペンを持った左手を見せた。オスカーはすぐ持てるようになった。

「右利きが右で持ってるの見せて、左利きに左で持てっていうのは無茶な話よ。ん、この紙に先生とまったく同じように書いてみて。数字にしようか。2」

「はじめてかけた!」

 驚いてる。

 ノアは意味が分からないらしい。

「? これがどうしたんだ?」

「右利きの親が左利きの子に教える場合、よくあるの。見本が反対の手だから、子供は脳内で動作を反転させて実行する。その時、手の動きだけじゃなく、文字そのものも反転させちゃうのよ」

 左利きが幼少時、鏡文字を書くのはこの理由だ。

「あっ、そういうことか!」

「慣れれば動作のみ反転、文字はそのままって学習するけど。そのうち色んな作業を人がやってるのとは反対だから、無意識に脳内で反転させてできるようになるわ」

 だからサウスポーの選手は相手が右利きでも左利きでも対処できるわけ。

「ペンや箸の持ち方も間違えやすい。親が右利きなら鏡に映すか、まず自分が左での持ち方を正確に覚えてから左で見本見せなきゃ駄目よ。大人ならまだしも、子供相手に言うだけで反転させてできるようになれって酷だっつの。他に意外と難しいのがちょうちょ結びと折り紙ね」

「何で?」

「左利きと右利きじゃ丸の書き方も逆なように、ヒモの結び方も逆なの。前の姉がうちの息子はちょうちょ結びができないって言うから、訳話したら『あっ』て。あたしの見本を動画撮ってかせたら、すぐできるようになったそうよ。折り紙も折り図は右利き仕様だからね?」

「へえー、そうなんだ」

 前の姉、とは前世の姉のことだ。

 左利き用折り方動画アップしたら役立つかなぁ。

「反転……ってことはね。先生ひっくり返しても読めるってことで、これも余裕」

 オスカーの読んでた本を上下逆さにして読む。

 さらに上下合ってるけど、上からのぞきこむ形でスムーズに読んだ。

「すげええええ」

「当たり前すぎて、むしろ普通できないって聞いて驚いたわ。オスカーくん、この字、逆さにしてみたけど読める?」

「あ、る、ひ」

「ほら。たぶん多くの左利きが持ってるスキルで、特別じゃないわよ。まあ、英語でこれできた時はさすがにびっくりしたけど……」

「英語で?!」

 そうすると、アラビア語って左利きには学習しやすいのかしらん。

「だからねオスカーくん、左利きは悪くないのよ。こういう面白いスキル出たりするからね。何が出るか楽しみじゃない?」

「……たのしみ、なの?」

「あ、そうか、一種の特殊能力だよな! 自分だけが持ってる特別な力……いいな! なんかこう中二病的で!」

 シナリオ通りならラスボスですが。

 ていうか、中二病って。

「右利きが見本じゃやりづらいわよね。先生ならまったく同じだから、楽でしょ。他の字も書き方教えてあげるね」

 オスカーはあっという間に書けるようになった。

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