16 子供は泥だらけになって遊んでなんぼ

「そういえば、兄さんの葬儀明日に決まった」

 ノアが眼鏡を外し、髪を元に戻して言う。

 中身の残念っぷりを知ってるあたしですら思わず見とれかけた。イケメンは得ですな。

「犠牲者全員の遺体も誰が誰か分かり、引き渡されたからな。全員一緒に王室主導で葬儀をすることになった。一族のほうも来るらしい。こっちが犯人じゃないかって疑ってるけど」

「それはお互い様じゃない?」

 王族側も疑ってる人がいるだろう。

「園長にも話して、忌引きにしてもらった。って、ソフィアは担任持ってないんだな」

「当たり前。あたし、実年齢は学校出たての新社会人よ? いくら創設者で在学中からバイト来てても、そんな小娘にすぐ担任持たせられないわよ。だから現在は補助。足りないとこに適宜助けに入ってる感じ」

 そりゃそうかとうなずくノア。

「明日は葬儀に出席してほしい。リアムはいいけどオスカーは正装じゃなきゃまずいから、手配した。ソフィアのは宰相が用意して届いてるそうだ」

「……オスカー、不安定にならないといいけど……」

「色々甘く考えてて悪かった」

 ノアが頭を下げる。あたしは意外そうに目を向けた。

「ここまで大変とは思わなかった。巻き込んで本当に悪いと思う」

「今さら?」

 あきれて肩をすくめた。

「あたしたちがこの世界に転生した意味がこれなら、仕方ないでしょ。破滅ルートを回避したいのはあたしも同じだし。……だから協力するわよ」

 一人じゃできない。重みに耐えきれない。だから二人も転生したんじゃないか?

 一人じゃ無理でも、二人なら運命を変えられるかもしれないから。

「だから、謝る必要なんてない」

 静かにそう告げた。


     ☆


「おやつ取りに行く子、手伝って~。果樹園に行くよ!」

 あたしの掛け声で何人も集まってくる。

 男性保育士の娘さんは車いすから馬の背に移動。専用の鞍があるから安心だ。

「この鞍どうしたんだ? 特注だろ」

「城の大工してたおじいさんがボランティアで作ってくれたの。あんたは小さい頃、意味不明な物体作るのにつき合わせてたわよね」

「あれはガラクタじゃない! 男の夢の結晶だ!」

 阿呆は放っておこう。

「障害がある子を受け入れる園は本当に少ないのよ。医者が認定してなくても障害の疑いが少しでもあると見なしたら、即受け入れ拒否するところもある」

「疑いレベルで? しかも判定するのは専門医じゃなくてか」

「これは前世の幼稚園での実話なんだけど……早生まれ・オムツ外れしてない・第二子妊娠中で出産前後は一時的にバス登園にしたいって頼んだら落とされた人がいるわ。プレ幼稚園まで通ってたのに」

「プレ幼稚園……ああ、入園前に慣らしで週一くらい短時間行くクラスだっけ? いや、第二子妊娠は悪くないだろ。出産前後に自転車で送ってけないからバスお願いしたいってのもごく自然じゃないか?」

「普通の経営者なら、下の子いるならいずれもう一人園児ゲットできるって考えるしねぇ。少し感覚ずれてる経営者みたい。親がブランド品で固めた格好で面接行かなかったこともマイナス材料と判断したらしいから。親はそうだと知ってたら願書も出さなかったって言ってたわ。プレの時は服装について何も言ってなかったのにって。……幼稚園の願書提出日と面接日は市内どこの園も同じ。落ちたって連絡きた時は締め切ってる園がほとんどで、必死に探したって。心労で悪阻が出ちゃって体調悪化。ひどい話よね」

 まさかごく普通の幼稚園落ちるとは思わないから、保険かけてなかった。

「保育園落ちるのはよく聞くけど、幼稚園もか。お受験校?」

「全然。早生まれってだけで入園拒否するとこもあるわよ。どうしても四月生まれと三月生まれは身体能力に差が出るから。オムツ外れてないと困るのはまぁ分かるけど。確かに先生側としては大変になるから嫌がる気持ちは分かる。でも親側の気持ちも分かるし、複雑なとこね。ただ、トイレとレーニングでノイローゼになる親も多いから……オムツ外れしてないと入園させないって言うとか、面接落とすぞっていうのはやめたほうがいいと思う」

 人を追い込むだけだ。相手を精神的におかしくしてどうするのか。まして幼稚園の先生が親を追い込んでいいのか?

「だとしてもドレスコードはないなぁ。ブランド品持ってないと駄目、か」

「うちの園は今後、城で働いてない家庭の障害児も受け入れようと考えてるわ。ちゃんと専門の勉強をした人材を雇う手はずもついてるの」

「いいことだな」

「そう考えない人もいるわよ。前に障害児を受け入れるって言ったら、嫌だって露骨に嫌悪感示した人がいてね」

「はあ?」

「何で障害児とうちの子を一緒に行かせなきゃならないんだって。話しても理解してもらえなくて、外部の保育園に転園してったわ。そこで『あそこは障害児と一緒に育ててる。最悪だ』って差別発言繰り返して、呆れた園側に追い出されたそうよ」

 世の中には一定数そういう人がいるものだ。

「障がい者だからって差別するなんてなぁ」

「職場でも問題がある保護者だったみたいでね……事実上、城での仕事はクビ。地方に飛ばされたって聞いたけど」

 子供はどうなっただろう。親と同じように人を差別する人間に育ってしまったんだろうか。どうかそんなふうには育っていないことを祈る。

「―――さて、着いた。こんにちはー、おやつに果物もらいに来ました」

 果樹園を管理してるのは初老の元庭師。

「おやおや、坊ちゃま。まーたこっそり取りにきたんですか?」

「うーわー、ここにも知り合いが。……なんか俺の幼き日の失敗談ばっか暴露されてないか? ていうか、引退したって聞いたけど」

「わしも再就職組ですよ。まだまだ働けますからな! さあ皆、おいしいリンゴがなってるよー。取ってみよう」

 子供たちは次々木登りしてもいでいく。苦手な子は地上でキャッチする係。

 車いすの子はちょうどいい高さになってるとこまで馬が移動してくれる。

「よーし、先生も行くよ~」

 あたしも平気でよじ登った。

「おいいいいいいい! スカートおぉぉぉぉぉ!」

 ノアが悲鳴あげた。

 なんで?

「スパッツはいてるわよ」

 日曜朝某女児向けアニメだって、スパッツはいてるからスカートでも平気でキックかましてますけど。

「だからってな! そもそも登るなよ!」

「あたし木登り得意よ? 誰が木の上で果物ぱくついてるあんたをひきずり下ろしに行ってたと思ってんの」

「ああうん、それで蹴落とされそうになったような」

「下りないからでしょ。さ、オスカーくんもおいで!」

「え? こわい……。それに、そういうことはだめだって。ふくよごしちゃいけないって」

「これからはいくらでも汚していいわよ。子供は泥だらけで遊んでなんぼ。木登りもどんどんすればいい。どうせ小さいうちしか泥だらけで思いっきり遊ぶなんてできないのよ? 機会は大切にしなきゃ。そっちには畑もあるし、野菜とか作るのもやってるよ。動物小屋の掃除も当番でするし」

「え、そんなことまでやってんの? すごい園だな」

「ちなみに園児に一番の人気は泥団子作り。いかにして最高の輝きを持つ泥団子を作るか、日々みんな研究してるわ」

「マジで? それ、俺も加わる。絶対世界最高傑作を作ってやるぜ」

 阿呆が釣れた。ターゲット違う。

「オスカー、一緒に最高の泥団子作ろうぜ!」

「いいの? だって、ふくよごしたらおこられる……」

「汚れたら洗濯すればいいだけじゃない。さ、おいで!」

 オスカーは迷ったものの、友達に背中を押されて登り始めた。

 やがてカゴいっぱいのリンゴを持って、みんなで帰ってきた。おやつはもぎたてのリンゴを丸かじり。

 こんな食べ方したことないオスカーは、やりたいけどやれなかったことを許してもらってうれしそうだった。

 その後は汚れを気にすることなく、お友達と泥まみれになって遊んでた。

 ちなみに一番泥まみれになってたのはノアだった。帰ったらまず風呂につっこまなきゃいけないのはこっちだな。

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