15 育児ナメてましたby王弟

 さて、園児はお昼寝の時間。先生たちも休憩だ。

 ソフィアは仮眠させてと訴えた。

「昨夜リアムが二時間くらい泣いて寝なくて。環境が変わったせいでしょうね。あたしがママじゃないのも分かるでしょうし。オスカーもうなされてたわ」

 まったく気付かず爆睡しててすいません。

 ソフィアが仮眠してる間、警備と体制を確認し、リアムの様子を見に行った。

「あらー、夜泣きですか。まぁそうなるでしょうね」

 園長は予想してたとばかりに言った。

「ソフィアちゃんはそれくらい予想してたでしょうけど、昼間寝られるときは寝かせてあげてくださいな。夜中、殿下も何回かは交代することです」

「そうする。俺も認識が甘かった」

 甥たちを保護することばかりで、実際育てたら大変だってことまで考えてなかった。

「みんな初めての育児はそうですよ。理想通りにはならない。予想してたのと違うと、育児放棄する親だっているんですから。逆にがんばりすぎる親もいます。育児に完璧はない。殿下も適度に手を抜くことです」

 それが難しい。

「あら、リアムくんしてますねぇ。オムツ替えてみます?」

「あ、ああ」

 でもなんか甘い匂いが。

「うおお……」

 大きいほうだった。

 躊躇してたら、通りがかった森の主……じゃない、男性保育士が笑って、

「あはは、男は大抵躊躇しますよねー。ボクもそうでした。女性は自分が生んだし、母乳やミルクしか飲んでないからってあまり抵抗ない人が多いですが」

「分かってはいるんだけど……」

「慣れですよ。それに経験上言わせてもらいますが、これクリアしないと奥さんに嫌われます」

「やろう」

 約束したし。真剣な同じ男性の言葉は説得力があった。

 なるべく無心になって替えた。がんばった俺。

「使用済みオムツは袋に封印して、帰る時保護者に渡します」

「えっ? お持ち帰り?」

 園で捨ててくれないの?

「多くの園がそうですよ。事業用のゴミ回収はお金がかかるでしょう。一日一人十枚以上いくこともあるし、全園児だと相当なもの。捨てに行くのも重いし、回収日までためとくのも衛生的じゃありません」と男性保育士。

「廃棄料を保護者から徴収すればって意見もありますが、それぞれオムツの消費量は違うでしょう? なのに一律料金か、不公平だって言う人がいて取りやめたところもあるんですよ」

 園長がため息をつく。

「今はなんでもかんでもクレームですもの。保育園作るのですらね。それにまぁ、使ったものは使った人が持ち帰るというか」

 なるほど。

「さて、このクラスもお昼寝したい子が増えてきましたね。あくび出てる」

 園長は布団に寝かせ、トントンした。十秒で寝る赤子続出。

「おお~……」

「園長はこれゆえにゴッドハンドと呼ばれてます」

 プロの技だ。拍手。

 でも向こうには泣いてる子がいる。別のおばあさん先生が抱き上げた。

 すぐ泣き止む。

「一瞬!?」

「こちらの先生はゴッドアームです。どんな子も抱っこされるだけで泣き止むという。隣のクラスには子守歌が上手くて、ゴッドボイスと呼ばれてる先生もいますよ」

「呼んだか~い?」

 また別のおばあさん先生が。

 三人の老婆は『マクベス』のように集まり、と思うとアイコンタクトしていきなり決めポーズとった。

「ゴッドハンド、レッド!」

「ゴッドアーム、ブルー!」

「ゴッドボイス、グリーン!」

「三人あわせてBBA1188!」

 ちゅど―――ん。

 バックで演出の爆発が見えた気がする。戦隊ヒーローものであるあれ。

 …………。

 俺は眉間を押さえた。

「……えー、どっからつっこんでいいですか?」

「どこからでもどうぞ。これ、園長先生たちの持ちネタなんで」

 マジで?

「その戦隊名なんですか」

「やですねぇ、アイドルグループっぽいでしょう? 私られっきとした老婆だからBBAババアなんですよ」

「いや、男児向け特撮っぽい……。数字は?」

「三人の合計年齢ですよ」

 ……はい?

「あーと、うーと、てことは平均でも一人……」

 ポン。

 男性保育士が肩に手を置いて首を振る。

「女性の年は追及しないほうがいいです」

 いやいやいや! 三百超えてるってことだろ!?

「ほっほっほ。オババが三人集まると『マクベス』の魔女みたいですが、私らは1188いい婆なんでご心配なく」

「……すいません、もうツッコミが追いつきません」

 カオスだ。

「まあねぇ、私らまだまだ若いものには負けませんが、年だと言われて仕事も減ってヒマで。このままじゃボケちゃうってとこをソフィアちゃんが声かけてくれて。この園で働く者はそんなふうにして拾ってもらった者ばかり。殿下は本当にいい子と結婚なさいましたね」

「ボクもそういうクチです。実は……娘が障害持ちでして。……重度の。共働きしなければ治療費を払えないんですが、どこの幼稚園でも保育園でも断られました」

 俺は驚いて彼を見た。

「障害がある子を受け入れてくれる園はとても少ないんです。面接を受けても容赦なく落とされ……面接すらしてもらえないことも多かったです。心無い言葉を浴びせられたこともありました。先生があからさまに言うことも」

「……そんなことが」

「でもここなら子供の面倒を見つつ働けると。だから最初はバイトとして働きながら通信制学校に通い、資格を取りました。うちは奥さんのほうが優秀で稼ぎもいいので、ボクが転職したんです」

「それはうちも同じだな」

 たぶん俺より稼いでるな、ソフィア。

 ―――ここで働く者は皆ソフィアに恩を感じてる。何かあってもオスカーとリアムを守ってくれるだろう。

 兄上はこういう事情を知ってて甥をソフィアに託すと決めたに違いない。ソフィアと結婚して子供たちを育てると決めたのは俺だが、兄上はまったく反対しなかった。それどころかいいアイデアだと言っていた。

 ラスボスとヒーローにならなければ、オスカーとリアムはいずれ公爵の爵位でももらって生きていくことになる。貴族でも働かずに食っていけるほど世の中甘くなく、自分で食い扶持を稼がなければならないだろう。

 王弟の俺だって働いてるしな。

 となれば庶民に混じって育つのはいいことだ。

 今更ながらソフィアが二人に既製品の服を与えた理由が分かった。他の子と同じような格好にして、敬遠されないようにするためだ。もちろんいくら汚しても構わないという意味もあっただろうが。

 王族のいい服着てたら、そりゃ浮くよな。

 ごく普通に育て、人の心が分かる人間に。ラスボスにしないため。

 ……俺の人選は間違ってなかったな。

 ソフィアのところに戻ると、すでに起きていた。ミシンがけしてる。

「よーし、できた。給食袋にランチマット、上履き袋、歯ブラシ袋。あとはヒモ通そう」

 ヘアピンにひっかけ、しゅるしゅると通してしまう。先を結んで終わり。

「早っ」

「取り急ぎ1セット。ヒマをみてあと2セットくらい作っとかなきゃ」

 作り方はググればいくらでも出てくるよ、だそうだ。

「ミシンが保育所にあるのか。俺ミシン使えねー」

「これはあたしの私物。手作り好きだから、園で使うもの作ったりしてるの」

「こういう袋物? 前世俺の母親は作ってくれなかったな。市販品だった」

「そういう人多いわよ。手作りでも、幼稚園や保育園のバザーで売ってるの買うとか。あれ、保護者が作るのよね。あたしは得意だから苦じゃなかったけど、ていうかむしろ楽しかったけど、苦手な人は悲鳴あげてた」

 俺の母親がまさにそのケース。

「現代じゃネットオークションやハンドメイド販売アプリで買うってケースも多かったみたい。あたしは母親が上手で、小さい頃はあたしのために作ってくれたのがうれしくてね。オスカーとリアムにはお母さんがいないから、せめてと思って」

 オスカーも自分が選んだ生地で自分のために作ってもらえればうれしいだろう。

「夏祭りの時には甚平作ってあげよ。型紙は知り合いのパタンナーに作ってもらう」

「作れんの!?」

 ていうか、作るもんなのかそれ。

「前世じゃ娘に浴衣ドレスも作ってたわよ。でもそうやってあれこれ作りまくってたからかなぁ、小学生になった娘に移動ポケットが欲しいって言われて。ないって言ったら『作ればいいじゃん。作って』って言われた。……育て方間違えたかしら」

 すごい会話。

「移動ポケットって何?」

「スカートはポケットないデザインが多いから、ハンカチ持ち歩くのに小さい布製のケースを腰にクリップでとめるのよ」

「はあ」

 ……ていうか、前世の娘か……。

 自分でも思ったよりダメージ受けてる。

 まだ引きずってんなぁ、俺。

「なに?」

「……別になんでもない」

 曖昧に笑ってごまかした。

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