13 王弟殿下、ダサ男に変装してもらいます

 城に帰ると、部屋のリフォームが完了していた。

 割れるもの・高価なものは撤去。ベランダの鍵も改良して転落防止。ドアの隙間なども指をはさまないよう改良。床も靴を脱いで自由に動き回れるようにした。

「いつの間に手配してたんだ」

「昨日のうちにね。さて、お昼食べたら必要なもの持って保育園に行くわよ」

 ……が、いざ行こうとしたらオムツから漏れてて大惨事。

「出かける時になってって、よくあるよくある」

 あまりによくありすぎて怒りなんてわいてこない。

 全とっかえ。

「ああそうだ、言い忘れてたけど、してるかどうかはオムツの股のラインで分かるわよ。黄色ならしてない。青に変わってたらしてるの」

「へー、そうなんだ。分かりやすいな」

 メーカーによってはこの機能がない場合もある。あたしはあるやつしか買わない。

「改めて行こ……」

 げぼっ。

 あ、吐いた。

「うわあああ、替えたばっかなのに今度はミルク吐いた!」

「よくあることよ」

 これくらいで慌てない。こんなのでイライラしてたらもたないわよ。

 冷静に替える。

「服を着せる時の注意点も教えておくわね。まず、赤ちゃんの服は縫い代が表にくるようになってるの。普通と逆だから間違えないように」

「なんで?」

「肌が弱いから、縫い代がこすれるだけでダメージになるの。素材は綿がお勧め。通気性がよくて柔らかく、洗濯も簡単。オールシーズン使える」

「へえ、縫い代だけでねぇ」

「何枚着るかは季節によるけど、短肌着……半袖は基本的にいつでも着せる。長肌着とはごっちゃになりやすくて、一見したところ見分けがつかないから、分かんなくなったら袖の長さを比べてみればいいの。長袖のほうが長肌着」

「そりゃそうだ」

「ヒモが二か所ついてるから、それ結べばOK。コンビ肌着の場合は足のとこのスナップもとめる」

「……用語がついていけなくなってきた」

 だと思ったわよ。

 取り寄せといた育児書を渡す。

「赤ちゃんの服は大人より一枚少なく、が基本。これ読んで用語くらいは覚えておいて。はい、きれいきれいしたよー。それじゃあ行こうか」

 体の前に、向かい合わせで抱っこ紐で装着。もう首すわってるんで縦抱き。

「城はベビーカー使えないエリアも多いわよね。バリアフリー化してほしいな」

「そういう視点で見たことなかった。兄上に言ってみよう」

 オスカーの手を引き保育所に行くと、園長が別室へ招き入れた。

「殿下、事情は伺っております。すでに警備兵とは打ち合わせし、子供たちを恐がらせないよう、密かに配置してもらいました。先生たちにも全て話してあります」

「急なことですまない。協力感謝する」

 こういう時のノアはちゃんと王子に見える。まともだ。

「それからソフィア先生、荷物が届いてますよ」

 段ボールの中身はコップ、子供用食器、ループタオル、子供用リュック、育児日記、左利き用ハサミ、オモチャなどが入っていた。

「何それ」

「うちの会社にあったものを送ってもらったの。サンプル残ってたのもあるから」

「……会社?」

「知らなかったっけ? あたし、育児用品の会社も昔作ったのよ。経営はもう他の人に譲ってて、あたしは単なるアドバイザーだけど」

 この世界にはそういう会社なかったから。

「色々やってんな……あ、だからブラックカード? もしかして俺より稼いでる?」

 男のプライドがあるだろうから、年収については黙秘します。

「あら、殿下ご存じなかったんですか? 保育所を作ったのもソフィアちゃんですし……あら、ごめんなさい。昔の癖で」

「いえいえ」

 園長先生はあたしの乳母だった人だ。

「それまで外部の保育園しかありませんでしたが、従業員用宿舎から雨でも濡れずに来れるここがあれば楽だし、何かあってもすぐ駆けつけられる。病児保育も別室で対応してますよ。ここがあるから働き続けられると好評で。ソフィアちゃんも将来殿下のお嫁さんになるから作ったんでしょう? 殿下がすぐ来れるように」

「違います」

 速攻否定する。

 前世で保育士やってたからです。

「何で昔からあたしがノアと結婚するってみんな思ってるんですか」

「そりゃ、殿下が夢中だからに決まってるでしょう。よかったわねえ、念願叶って」

「叶ってません」

 あたしの望みはこの底なしの馬鹿野郎と縁を切ることでした。

「ノア、妄想モードに突入してないで帰ってきなさい」

「え、なに? 今ちょうどソフィアそっくりの娘が駆け寄ってきてくれていいとこだったのに」

「アホなこと言ってないで着替えなさい」

 甥っ子がドン引きしてるわよ。

 男性保育士用の着替えを押し受ける。

 機能性と洗濯もろもろを考慮した結果行きついた、シンプルなスウェットセットだ。色も汚れが目立たないネイビー。

「何で男性用があるんだ」

「男性保育士いるもの」

 ノアが勢いよく振り向いた。

「男性!? いるのか!? まさか職場恋愛とかしてないよなソフィア!」

「してないし。既婚者だし。そんな夢ないし。お子さんも園児よ。奥さんは侍女の一人じゃないの、今朝も会ったわよ。あんたのほうがよっぽど乙女よね」

 しかもどういう乙女チックな夢持ってたんだ。

 さっさと着替えろと言えば、まだ首をかしげてる。

「……サイズが大きすぎるんだけど」

「だって、あの先生のだから」

 園庭で遊んでる先生を指す。非常に肉づきのよい、のんびりした男性だ。

「リアルで隣の森に棲んでる灰色の主ごっこができそうだな」

「子供たちはあの腹肉が好きみたい。ぷよぷよで大人気。隣にネコ科のバスもほしいわよねー」

 病院にトウモロコシ届けよう。

「いやいや、これ大きすぎて着られないって」

「仕方ないなぁ」

 平均的サイズのを出した。

「普通のサイズあるんじゃん!」

 うるさいのを男性用更衣室に放り込み、着替えさせた。

 平凡なスウェットに替えさせたはずなのに、出てきたのは依然イケメンだった。

 どんな服でもかっこよく見えるとか。イケメンは得ですね。

 ダサくなれと密かに願ったんだけど。

「さて、では変装してもらいましょうか。王子ってバレると問題がね。子供たちも委縮するし、犯人を警戒させることにもなる。髪をボサボサにしてー……この黒ぶち眼鏡もつけてもらおう」

「うわっ、一気にダサっ!」

 鏡を覗き込んだ王子様が悲鳴をあげなさった。

「えええ、俺これでいろと?」

「お黙りナルシスト。ぼろを着てても心は錦! ボランティアの先生ってことにしなさい。名前も変名にしよう」

 園長も賛同した。

「そのほうがいいですね。何にします?」

「コウキでいいじゃない」

 間違えようもない前世の名前を言った。

 ノアが驚いて顔を上げ、一瞬後に納得した。

「ああ、まぁ……それなら忘れないし、必ず返事できる」

「よし、決定。オスカーくん、ここにいる間、叔父さんはコウキ先生ね」

「はぁーい? わかったー」


     ☆


 在園児が歓迎のお歌を歌ってくれた。

 オスカーは初めてたくさんの同い年くらいの子と接したからとまどってる。

 リアムは0歳児担当の園長に預けてきた。

 お友達にも手伝ってもらって教室の説明を。

「まずお教室に来たら、リュックを棚に置いてね。これ。自分のマークがあるから分かるよ。オスカーくんのはなんとー…ライオンだー!」

「いいなー、かっこいいー!」

 子供はまだ字が読めない。マークで識別させる園が多いよ。

「リアムくんはネズミだよー」

 なぜかとノアが首をかしげる。理由は後で言うわ。

「コップ袋とループタオルはこのフックにかけてね。ここにもマークがあるよ。袋は間に合わなかったけど、ループタオルはある。かけられるかな?」

「うん」

 オスカー自身にかけさせる。できたら拍手。

「よくできましたー。今日はもう午後だけだから、みんなと遊びがてら園内を探検しよっか!」

「うん!」


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