12 結婚指輪は自分ではめます(王子泣いてる)
「それから生地も選ぼうね」
この店は入園・入学グッズも取り扱ってて、手芸用品のブースもある。生地と裁縫道具、ミシンまでそろってるよ。
こっちの世界はベースが中世ヨーロッパでも、現代日本のものも混じっていた。元々日本の漫画家が考えたマンガの世界だからね。学校制度は日本のに近い。
五歳までは幼稚園か保育園。六歳~九歳が小学校。ここが短い。九歳~十二歳が中学、十五までが高校に相当する。高校では並行して資格取得の勉強もでき、例えばあたしみたいに保育士の資格を取れたりする。
小学校と中高は義務教育で、卒業するとちょうど十六くらいなので結婚できる年齢というわけだ。
幼稚園・保育園と小学校はほぼ日本と同じ感じで、必要なグッズも似てる。
具体的に言うと給食袋、上履きとかだ。
「袋物は先生が作ってあげる。うちの保育園では必要なの」
行ったことないオスカーには意味も分からなかったらしい。幼稚園・保育園は義務教育じゃないからね。貴族の子は行かないことも多い。
「これまでは同じくらいの年の遊び相手いなくてつまらなかったでしょ? でも今日から行けるんだよ。いっぱい遊ぼうね。で、保育園には自分のコップとか道具持ってかなきゃならないの。それを入れる袋が必要なのよ」
ノアがきく。
「作れんの?」
あたしはノア―――光輝をあきれ顔で見やった。
「何を寝ぼけたこと言ってるの、光輝。あんた、あたしが裁縫得意なこと、からかったじゃない」
「……あ」
ノアが返事につまった。
本気で忘れてたな。
「ある女子に『ブスが女の子らしい趣味とかキモイ』とも言われたっけねー」
前世を思い出して語る。
「知らなかったでしょうけど、それが原因であんたに好かれたい女子が嫌がらせ始めてね。自分もそう思うって示せば好意を持ってもらえる、よりひどい方法で潰せば褒めてもらえる、やればやるだけ好きになってもらえると勘違いしてさ。どんどんエスカレートしてったから、さすがに先生に言ったわ。いじめ認定されて、相当怒られたみたい」
そこまで言えば思い当たったらしく、
「あっ、じゃあ、一人急に転校してったのは」
「そのせいよ。かなり悪質なことやってたからねー、バレていづらくなったってわけ。男子は誰も気付いてなかったみたいだけど、女子にはモロバレだったから」
今度はその子がいじめのターゲットにされかけてたからね。
光輝が青くなって謝った。
「本当にごめん! 俺のせいでそんなことになってたなんて知らなくて」
「ま、きっかけはあんたの一言でも、実際やったのはあの子だし」
肩をすくめる。
「あんたは今世も影響力が強い立場にいる。今度は自分の行動が与える影響をきちんと考えた上で、不用意な発言は慎むことね」
「……うん」
あーあ、嫌なこと思い出しちゃった。
パンパンと手をたたいた。
「はい、しめっぽい話はおしまい。さ、オスカーくん、どの柄がいい? 好きなの選んでいいわよー」
「え? えーっと、じゃあね、これとこれ……どっちにしよう。まよっちゃうー」
「じゃあ両方買おう!」
1mずつお買い上げ。
一般の手芸用品店でカット済みじゃない布を買う場合、まず反物を持ってカット台に行き、必要なm数切ってもらう。それからレジでお会計だ。
そのままレジへ直行しないように。
あらかじめ必要なm数を計算してから買いに行くことをお勧めします。足りないと困るでしょ。
カット台は混みがちです。時間がかかることがよくあります。さらにいくつも買いたい布地があると、反物持ってくだけで大変。そんな時は専用カートを使いましょう。大体店にあるよ。
袋物を作るなら、ヒモも必要。レッスンバッグなら持ち手の紐も。
今世でも手芸好きなあたしは手持ちがあるから、生地だけでいい。
名前を直接袋に書きたくなければ、アイロン接着の名前シールもある。洗濯を繰り返すと取れるからと、直書きする保護者も多い。
袋物は出来合いも売ってるし、注文も可能だが、あたしは単に手作り好きなんで作りたいから作るだけ。
「とりあえずこれで帰ろ」
「あ、ちょっと待って。一か所寄っていいか?」
ノアが妙なこと言い出した。
いくら護衛ついてても、大丈夫?
「どこ行くの?」
「内緒」
連れてかれたのは宝石店だった。
確か王室御用達のブランド店。
「装飾品はいらないって言ったはずだけど」
「そうじゃなくて、結婚指輪」
「いらない」
正直に言った。
露骨にがっかりするノア。
「そんなあー。せめて結婚指輪くらいつけてよぉぉ」
「契約だって言ったでしょ」
事実を告げれば、ノアは真剣な顔で頭を下げた。
「昔のことで今も俺を許せないのは分かったよ。だから今世かけて償うと誓う。いや、来世も。絶対に幸せにするからお願いします」
「…………」
……は―――。
普通の女子ならイケメン王子に請われれば狂喜乱舞することだろうな。
でも残念ながらあたしは普通じゃなく。
ため息しか出ない。
―――あたしだって、悪いのは光輝じゃないって分かってるわよ。
本当に悪いのは、思い込みでいじめたあの子。
とうとう最後まで自分が悪いと認めなかったっけ。親も「うちの子は悪くない」って学校に怒鳴りこんだらしい。訴えると息巻いてたそうだ。
さらに親ぐるみで嫌がらせが始まり、とうとうこっちも警察に通報した。
さすがに向こうの弁護士がこれは捕まるレベルだと言い聞かせ、あちらがかなりの額の賠償金を払うことで示談になった。報復の可能性があると認識した弁護士は、自らの依頼人に今後一切近づかず関わらせない念書を書かせるほどだったから何というか。
だから転校して行ったのよ。職場にもバレて左遷されたんだって。
「……まったく」
再度ため息ついて、一番安いのはどれか店員にきいた。
「一番シンプルで目立たなくて安いやつでいいです」
何の変哲もないのを選んだ。
「えええええええ。一番高いのにしようよ。払えるよ? ダイヤ百個ついてるのでもいい」
「重いし、物理的に無理。大体仕事があるって言ってるでしょ」
ダイヤ百個は指輪につけられないから体内に隠したって話が某無免許医のマンガにあったような。
ちょうどあたしの指に合うサイズがあるというから買っていく。
「ちょっと待って! 裏にイニシャルとか彫ろうよ。びっしり愛の言葉刻むのもどうかな」
「キモイ」
断固拒否した。
「自分の分は自分で払うから。支払いはこのカードで」
ブラックカードを出す。公爵家名義じゃなく、あたしの個人名義だ。入ってるのは自分で稼いだ金である。
「なんでブラックカードなんか持ってんだ」
「あんただって持ってるじゃないの」
「そりゃ一応王子だからね? って、俺が払う! 払わせてください!」
土下座せんばかりだったから、さすがにそうしてあげた。
人目に負けた。
それでもノアはぶちぶち言ってる。
「はあああああ。指輪はめちゃくちゃ高いの買って、きれいな星空の下、ロマンチックなムードで渡すつもりだったのになぁ」
「乙女か」
無視してさっさと自分の分をはめる。
ノアが仰天した。
「うえええええ!? なんで自分ではめちゃうの?!」
「自分ではめられるし」
「俺にやらせてくれよぉぉ。ていうか盛大な結婚式やって、世界一綺麗な花嫁に俺がはめるつもりだったのにぃぃぃ」
前から思ってたけど、こいつのほうがよっぽど乙女だ。
「式はやらないわよ」
「ゴンドラに乗ってスモークたいて登場。二人でキャンドルともして、愛の軌跡たどる映像流して。俺は個人的にポエム朗読と作詞作曲のラブソング演奏して、それから」
「そういうこと言うと思ったからやらないって言ってんの!」
スパ―――ン。
ハリセンツッコミ入りました。
誰がそんな恥ずかしい式やるか!
「いくらかかるのよそれ!」
「ソフィアぁぁ。そういう現実的なとこも好きだけどさぁぁ」
「やかましい。指輪つけるとこは譲歩したでしょ。帰るわよ」
「なら俺の分はめて」
「自分でやりなさい」
オスカーは自分より子供っぽい情けない叔父を「どうすればいいかな」って冷めた目で見てた。
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