10 慟哭


 目覚ましかけておいたから、六時には起きた。

 ノアはとっくに起きていて、ストレッチやら何やらしていた。

 仮にも軍人。忘れそうになるが、これでも実力あるエリートだ。

「あれ、早いな」

「だって買い物行かないと。一時間くらいで戻ってくるから、子供たちの面倒み……」

 尻切れトンボになったのは、ノアが絶望した顔してたからだ。

 箱舟で洪水の中を漂ってます?

「無理。俺一人とか絶対無理。マジ無理」

「侍女に手伝ってもらいなさいよ」

「それでも無理なのが目に見えてる。子供たちも一緒に行こうよ」

「警備大丈夫?」

「どうとでもなる。ぶっちゃけ、俺いれば平気だよ」

 こいつの中身は手がつけられない阿呆だが、腕は信用できる。

「分かった。じゃあ、ちゃちゃっと行って帰ってこよう。仕事だって半休だし」

「一日もらえばいいのに」

「わざとよ。オスカーも他の子と遊べば気がまぎれるでしょ」

「……ああ、そっか」

 替えのオムツと着替えと……。

 荷物をつめながらきく。

「犯人はマンガのストーリー通りなら、王族とも一族とも無関係の悪い組織だったわよね? あたしたちには犯人が分かってる。これは大きなアドバンテージよ。別件逮捕でもなんでもいいから、まず捕まえちゃったら?」

「いやさ、昨日は俺も動転してて気づかなかったんだけど、おかしな点があるんだよ。あの後気づいた。まず日付がおかしい」

 日付?

「事件の起きた日がシナリオと違う」

「よく覚えてるわね、そんな細かいとこまで」

「大ファンだったからな。三日早いんだ」

「……誤差の範囲内でしょ」

 たった三日って。

「それともう一つ。ストーリーでは助けが来た時まだ交戦中で、全員助かるはずだった」

「あ」

 そうだ。

「兄さん夫妻が殺されるなんて筋書きじゃなかったんだよ。しかも実はこの襲撃、俺が食い止めようと組織の連中を一網打尽にする手配してたんだ」

「え、そうだったの」

「昨日、暗殺未遂容疑で逮捕する手はずだった。組織のトップは俺自身が捕まえたよ。でも手下を取り逃がして、そいつらが襲撃したと思ったんだ。が、確認したら全員牢屋の中」

あたしは手を止めて、

「……犯人は組織じゃないってこと?」

「牢屋には魔法を封じる結界張ってあるし、あらかじめ屋敷に何か仕込んでたのかと調べに行ったけど、その痕跡もなかった」

 あの後行ってきたのか。

 顎に拳をあてて考える。

「他にも王弟一家を狙ってた奴がいたってことね。王族か一族か、はたまた臣下の中の融和反対派か……。マンガにはそんなキャラは出てこなかったはず……」

「―――……なあ。俺が話の流れを改変したせいかな?」

 ぽつりとノアが漏らした。

 驚いて見る。

 ノアが―――光輝こうきがこんな弱々しいこと言うなんて。初めてだ。

「俺が何もしなければ、ただの襲撃で終わって、何人かケガするだけで済んでた。余計なこと……だったのかな」

 あたしは急いで言った。

「そんなことないわよ! 誰かがケガするの分かってて、見過ごせるわけないじゃない」

 そんなことできるもんか。

「だけど、俺が何もしなければ兄さんたちは死なずに済んだ。俺がストーリーを改変なんてしなければ、あるいは……」

「でも、ほっといたらオスカーとリアムは殺しあうことになっちゃうのよ?」

「他にも分岐点はあるんじゃないか? これをやりすごし、別の地点で未来を変えてもよかった」

「そうしたらまた不測の事態が起きたと思うわよ」

 ノアはうなだれた。

 拳をきつく握りしめる。

 今にも爪がくいこんで血が出そうだ。

 ああ―――あまりにいつも通りだから気づかなかった。ノアも家族が死んで悲しかったことに。

 しかも全部自分のせいじゃないかって思いつめてる。

 オスカーと違って大人だから、泣くこともできない。

 陛下はお妃様がいるから寄りかかれるけど、ノアにはいない。

 たった一人で我慢するしかなかったんだ。

 ……気づかなくてごめんね。

 あたしはそっと歩み寄り、ノアを抱きしめた。オスカーにしたのと同じように、優しく包み込む。

「……ソフィア?」

「気づかなくてごめん。あんたのせいじゃない。……泣いてもいいわよ。見てないから。でも今回だけだからね」

「……ありがとう」

 ノアは声を押し殺して泣いた。


     ☆


 しばらくして落ち着いたのか、あきらかに違う意味で手が伸びてきた。

「ソフィアはやわらかいなぁ。もっとなぐさめてー」

 ズビシ。

 容赦なくデコピンくらわせた。

「冗談言えるようなら大丈夫ね。荷造り再開するわ」

「いてええええええ。冗談じゃないんだけど……。って、ただ近所に買い物に行くだけだろ? そんなに持ってくものある?」

 子連れの外出を甘く見るな。

「リアムのはバスタオル、フェイスタオル、哺乳瓶に粉ミルク、水筒の中身はお湯。オムツ、おしりふき、ビニール袋数枚、着替え一式、オモチャ。オムツ替えシートはバスタオルで代用するからいらない。オスカーのはハンカチにティッシュ、着替え一式、オモチャ。四歳じゃまだ着替えあったほうがいいわ。慣れない環境だと粗相する可能性あるし。前世でなら保険証と乳児医療証もね。あたしはあと湯冷まし持ってったな。外だとミルク冷やすのに水道ない場合もあるから。これでも子供用品店に行くからいくつか省略してるのよ?」

 試しにバッグ(大きい)持ったノアは悲鳴あげた。

「重っ!」

「まさか手ぶらで行けると思ってたの? 子連れのお出かけは荷物多いのよ」

 荷物+赤ちゃん。おかげで十キロの米袋が持ち上がらなかったママも楽に持ち上げられるようになります。

 だからマザーズバッグってあんなに大きいんじゃない。

 子供複数いるとさらに必要で……。上の子に水筒は自分で持たせてたな。いきなり「喉かわいた」って言うのよね。自販機で買ってたら金がかかる。それなら初めから水持ってくわ。下の子は飲めるようになったらマグマグで。

「さーて、オスカー起こしましょうか。着替えと洗顔、朝食。やることは山ほどあるわ」

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