7 赤ちゃんにはお腹いっぱい飲ませましょう

「一休みしたところで、お風呂入りましょうか」

「俺も俺もー」

「お前は出てけ」

 思いっきりにらんだ。

「何で?!」

「契約事項思い出せ。違反したら離婚する」

「そんなあぁ。いや、不純な動機じゃないって。リアムの風呂の入れ方教わろうと思っただけで」

「ああ……。明日にして。家から水着持ってきてもらうから」

「水着?!」

 そこで反応するな、キモ男。

「ソフィアの水着姿……この前の夏はワンピースと変わらないやつにラッシュガード着てて、普段着同然っていうか。ちょっとどころじゃなくしょんぼり。できればこう」

「それだから。妄言吐いてないで、オスカーを風呂にいれたげなさい。四歳ならある程度自分でできる。あたしはリアムのほうやるから」

 阿呆は無視して赤子を連れて行った。

 入浴指導については次回。

 あったまってごきげんなリアムを抱っこして戻ってきたら、陛下が来てた。

 さっき逃げてましたよね。

「やあ。どう? おや、ごきげんだねぇ」

「いい子たちですよ。大丈夫です」

 陛下は小声で、

「この辺りの警備を最高レベルまで引き上げた。侍女も信頼できて、ソフィアと顔見知りの人間に限定してる。厨房の監視体制も強化した。当分君もノアか警備の人間と行動し、一人にならないように」

「分かりました」

「それから脱脂綿が入用って聞いたから、侍医からもらってきたけど」

 1パックお徳用どーんとくれた。

「ありがとうございます。後で使うので一旦置いて、と」

 手早く白湯を作り、リアムにスプーンであげた。あんまり飲まない。

「ミルクのほうがよさそうね」

 少しミルクを作った。

「お風呂入れたら、水分補給させてね。赤ちゃんはお風呂入るだけでかなり疲れるし、水分も飛ぶのよ。母乳出るんなら、母乳あげちゃうのが手っ取り早いんだけどねぇ」

 あたしも前世はそうしてた。

「ミルクは飲みすぎるとお腹に負担かかるけど、母乳はそんなことないもの。殺菌されてて高栄養、いつでも飲めるし。出るかどうかは体質によるけどね」

「あ、そうなの? 出産後の女性はみんな出るもんだと思ってた」

「違う違う」

 子持ちの陛下が首を振った。

「私もそう思ってたが。妻も出が悪くて、ミルクと混合だ。あいつの妻は全然出なくて完全ミルクだと聞いた」

 第二王子の奥さんのことだろう。名前出すとオスカーが悲しむから、わざとぼかしたに違いない。

「こればっかりはねぇ。人間の身体能力は一律じゃない。足が速い人と遅い人がいるように、母乳も出る人と出にくい人がいるのよ」

「身体能力……そう言われると納得だな」

 あたしの前世も混合だった。母に至ってはまったく出ず、あたし自身は完全ミルクで育った。

「完全母乳じゃないとって言う人もいるけど、ケースバイケースでいいんじゃないかな。ああ、ミルクで育てる母親は母親失格っていうのは論外だから。体質的に出ない人、病気とかの理由であげたくてもあげられない人もいるでしょ? 今は共働きであげられないママも多いし」

「母乳しぼって冷凍ってテがなかった?」と陛下。

「ありますけど、保育園じゃそういう対応できませんよ。冷凍庫に入れといて、必要な時に解凍して飲ませてくださいって言われても、衛生面で責任もてません」

 まんいち何かあったらどうする。

「ああ、そうか」

「冷凍なんてできんの?」

「専用の袋が売ってるわよ。母親以外でもあげられるって利点はあるけど、今言ったように保育園とかでは無理。冷凍してもいつまでももつものじゃないから、なるべく早くあげて、古いのは捨ててね」

「ふーん。現代の技術すごいな」

「別にミルク育児だって悪くないわよ。ちゃんと育つもの。完全母乳にとらわれるあまり母親がおかしくなったり、赤ちゃんの栄養が足らなくなる方がまずくない? それで言ったら食べられなくて点滴してる病人はどうなのよ。あれも悪いの? ぶっちゃけ、母乳でもミルクでもいいから、お腹いっぱいあげてほしい。大切なのは赤ちゃんがちゃんと育つことだから」

 あたしだって完全ミルクで育ちましたけど?

「信念に固執するあまり、赤ちゃんが栄養失調になってた家庭があってね。あれ、正直危なかった。赤ちゃんが飲む力すらなくなってぐったりして、大慌てで救急車。『赤ちゃんの成長や健康と引き換えにしてでも、完全母乳にこだわりますか? 何が大切か、よく考えてください』って医師が諭したって。母親も妄信して精神的におかしくなっててね。周りも追い込んでたらしいし。特に姑が。医師のアドバイスで精神科を受診することになったわ。今じゃ混合育児で、ちゃんと成長してるわよ」

「……それはそれは」

 リアムにゲップを出させると、疲れてウトウトし始めた。

「ん、おねむ? 寝ていいよー。あ、ノア、それ牛乳? 一杯ちょうだい。あたしが飲む」

「フルーツ牛乳もあるぞ」

「ほんと? やった。お風呂上りにはやっぱ牛乳よねー。しかもフルーツ牛乳って特別な感じ」

 グラスについでもらい、一息で飲み干した。

 陛下が微妙な顔してる。

「何ですか?」

「いや、うん……なんだかんだで似たもの夫婦だと思って」

「似てませんよ。あと、契約結婚です。忘れないでください」

 オスカーの頭に?マークが浮かんでるけど、説明はしない。

「じゃ、オスカーくんも今日は早めにおねむしようね。リアムはすぐ隣のベビーベッドにいるし、先生も一緒におねんねするから」

「俺も俺も!」

「何か言ったか痴れ者」

 絶対零度光線を向ける。

「ノア……やめとけ」

 陛下がうんざりして肩に手を置く。

「そんなああああ。俺も一緒に寝たいよう、奥さんんん」

「速攻離婚届突きつけられるぞ」

 今まさにそうしたいとこですが。

「せ、せめて子供たち寝るまで付き合わせて。あと、ドアも防犯上の理由であけといて」

「防犯上の理由で閉めときたい」

「ソフィア、分かる。分かるけど、譲歩してやってくれ」

 陛下に言われれば仕方ない。

「夜の間、一歩でもこっちの部屋入ったらグーで殴る」

「え……あの、それは緊急事態でもですか、ソフィアさん」

「城の最高レベルの警備潜り抜けて侵入できる曲者がいるとは思えないからありえない」

「……ハイ」

 笑顔で威圧すれば、ノアは大人しくなった。

 そうそう、おかんを怒らせると恐いのよ。

「……なんかゴメン、でもよろしく……」

 陛下が色んな意味で手を合わせてた。

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