6 大抵のママは抱っこしながら食事できます

 夕食は部屋に運んでもらった。

「オスカーの好きなものが分からなかったから適当に作ってもらったけど、食べたいものがあったら言えよ。城のコックは優秀だから、何でも作ってくれるぞ。俺も小さい頃リクエストしたっけ」

 で、お菓子ばっかり食べるなってあたしがどついてたわね。

「そうなの? じゃあね、えーっと……」

 オスカーは子供らしくあれこれ注文した。

「ていうか、ソフィアは器用だな」

「え?」

 ノアとあたしも一緒に食べてるわけだけど、あたしは右腕にリアムを抱っこしたまま。

「これくらい大抵ができるわよ? 慣れると授乳しながらでもいける」

「すごいなそれ」

「今のあたしは母乳出ないけどね。出産すると女性の体は母乳を出すホルモンが分泌される。それによって出るようになるわけ」

 まれに生んでないのに出る人がいるけど、それはそのホルモンの数値が高いから。念のため受診することをおすすめします。

「さ、オスカーくんももっと食べて……って、あれ、左利き?」

 ふと気づいた。フォーク持ってる手が左だ。

 さっと顔を伏せるオスカー。

「……ごめんなさい」

「何で謝るの? あたしも左だから、同じだねって思っただけよ」

「えっ?」

 オスカーはびっくりしてあたしを見た。確かに左なのを見て安心したような表情をする。

「……あー、もしかして、左利きなことで人に何か言われたことある?」

 何となく分かった。

「……うん」

「分かるわぁ。うち、両親は全然気にしなかったけど、考え方が古い親戚に言われた。左利きはみっともない、右に直せって」

 余計なお世話以外の何物でもない。

「言わせてもらうと、右に矯正するのはものすごいストレスよ。矯正はよくないって研究結果もある」

「……だめじゃないの?」

「ダメじゃないわよ。普段使う手が右じゃなくて左なだけで何が悪いの? じゃあきくけど、利き足が右か左か気にする?」

「……きにしない」

 ていうか、どっちが利き足かすら分かってない人も多いと思う。答えられる人でも、「どっちでもよくない?」って思うだろうね。

「足はどっちでもよくて、手はダメって変じゃない?」

「言われてみればそうだな」

「ちなみに右利きだからって利き足右とは限らないわよ。左利きで利き足左は意外と少ないんだって。オスカーくんは歩く時どっちの足を先に出す?」

「こっち。こっちってひだり? みぎ?」

 四歳児だとまだ左右は間違えることが多い。

「左ね。先生もそう」

「マジか」

 マジです。

「あー、だからソフィアの攻撃かわしにくいのか」

 ノアがうなった。

「でしょうね。ボクシングで例えると分かりやすいけど、右利きの人間は左からの攻撃に対処しにくい。慣れてないし、軌道が読めない。野球でもそうね。バットが体に隠れて見えにくいから、同じく予想しにくいのよ。逆方向、思いもよらぬ方向から来るから、あんたあたしのハリセンチョップやキックよくくらうのよ」

 左利きの人間は相手がどっちでも対処できる。慣れてるからだ。

 だからサウスポーとやりづらいと言われてもピンとこない。あたしらは当たり前にどっちだろうが対処してて、それが普通と思ってるからだ。

「俺マヌケ。今まで気づかなかった。オスカー、サウスポーのスポーツ選手はいいぞ。うらやましがられる。スポーツ得意だろ、将来選手になるといいい」

「はーい」

 サウスポーの投手って有利らしいわね。

「ね、ほら、悪いことじゃないでしょ?」

 オスカーはぽつぽつとしゃべり始めた。

「……パパとママは言わないけど、ほかのおとなにいわれたの。パパもママもひだりききじゃないのに、ぼくだけだって。だからぼくはパパのこじゃないんじゃないかって」

 あたしとノアはすばやく視線を合わせた。

 そういうことか。

「アホらし」

 あたしはスパっと切り捨てた。

「あたしも両親・親戚に左利きは一人もいないわ。あのね、こういうのって突然ポッと出るもんだから。突然変異みたいなものね。不思議なことに、一人左利きが出ると、その後何人も出現するんだけど」

 現に前世もあたしだけ左利きで、数十年して甥っ子が全部左が出るという現象が起きた。あたしの子には出なかったのに、不思議なものね。

 遠い親戚にも一人だけ左利きがいて、そっちも以降ぼちぼち出たらしい。

 遺伝子って謎。

「その人は何でもいいから口実にしていじわるしたかっただけよ。そんな人の言うこときく必要ないの」

「……うん」

「パパとママは直せとは言わなかったんでしょ? パパとママが正しいわよ。大きくなって、自分で両利きになろうかなって思って訓練するなら止めないけどね」

 あたしがそのいい例だ。

「ソフィアはそのクチ?」

「そう。小学生時代、毛筆だどうしても右じゃないと書けないものだから、あれ。とめ、はね、が左じゃやりにくいの。でもいまだに小筆は左」

 こういう左利きは多いらしい。

「細かい作業は右じゃできないわ。でも両利きだと何かと便利だから、自発的に訓練して現在に至るってわけ。ただやっぱり左のほうがやりやすい」

 でも日常生活に必要なものが意外と右利き仕様で。両手使えほうが生活しやすいのは事実だ。

「そんなわけだから、気にしないの。そんな人がいたら先生に教えてね」

 意図的な嫌がらせをする人間。犯人とつながってる恐れがある。

「うん、わかった」

「テーブルマナーなんかも気にしなくていいからね。ノアだっていい加減だもん」

「うんうん、おいしく食えればよくね? 別に公式の会食とかじゃないし」

 公の場だと完璧なマナーなのよね。憎たらしいことに。だから完全無欠の王子様って呼ばれる。

 実態はただの残念なイケメンだ。

 今もめちゃくちゃパンほおばってて、どっちが子供か分かんないし。

 そんな叔父に気が抜けたのか、オスカーも子供らしく食べるようになった。

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