4 王弟殿下、おむつ替えやってもらいます
用意されてたのはノアの部屋の隣だった。
まだ未婚のノアは、城の警備という仕事の都合上もあり、城に住んでいる。
皇太子以外の王子は結婚したらよそに新居を構えるのが普通だ。今回は状況が状況だから、特別措置。
あたしもこのまま家に帰してもらえないな。
ひどい話。
「……なんであんたの部屋の隣なのよ」
一応文句言ってやる。
「それは当然夫婦だから! 寝室のドアはほら、開けると俺の部屋に通じてるよ」
「トンカチと釘が必要ね。封鎖してやる」
「ちょ、待って! 真面目な話、俺は護衛でもあるからね? 何かあった時にすぐ駆けつけられないと困るんだよ」
一番危ないのはこいつだと思うが。
とりあえず子供たちをベッドに寝かせた。大人用の広いのだから、今晩あたし含め三人で並んで寝ても十分。
オスカーが寝返りうってリアムにぶつからないよう、間にクッションを並べた。
さらに慣れないベッドで落ちるといけないから、侍女に大きめのクッションをたくさん持ってきてもらい、落下予想地点にしきつめる。
「応急処置完了」
「ここまでする?」
「子供は予想外のこと余裕でするからね。用心しすぎることはない。さて、オムツやミルク、着替えだけど」
保育所を出る前に、園長に訳を話して貸してもらうことにした。園長も王弟殿下の子供だからと、快諾してくれた。早くも隣の部屋に運び込まれる。
「予備があるからね。でも下着は中古を嫌がる親もいるから、新品があるのよ。使ったら買い取り制。オムツもね。請求書は後でもらおう」
「あ、宛名は俺にしといて。俺が払う」
そうしてもらおう。経費は全部ノアもちで。
「オムツのサイズは間違えてない? Sサイズ、うん、合ってる」
「いくつもあるのか?」
「新生児用、S,M,L,それ以上。大体こんなとこね」
「へえ」
「さらに言うならテープタイプとパンツタイプがあるわ。まぁ、Sサイズならみんなテープだけど」
「はい?」
現物を一枚見せる。
「これ。ウエストをテープで止めるのがテープタイプ。もっと月齢があがって動き回るようになると取れちゃうから、そしたらパンツタイプに切り替えね。パンツタイプは両サイドが簡単に手で切れるようになってて、赤ちゃんが立ったまま替えることもできるの」
「はあ……」
よく分かってないらしい。そのうちみっちり教えよう。
「一晩はこれでしのげるけど、明日午前中買いに行くわよ。ノア、荷物持ちしなさい」
「必要なものがあれば手配するけど?」
「安くて質のいいベビー用品店知ってるの。それに、自分の目で見て、実際触れて選ばないとね。子供のものは」
その先は小声でささやく。
「不特定多数が買う一般の店で買えば、何か仕込みづらいでしょ。犯人は子供たちが助かったと気づいて、命狙ってるかもしれないんでしょう?」
「……なるほど。普通に考えれば、出入りの業者に頼んで持ってこさせる。何か混入されてる恐れがあるかもしれないってことか。まさかこっちが一般の店に買いに行くとは思わないよな」
そういうこと。
保育所から予備を借りたのもそのためだ。
開けてるドアの向こうから赤ちゃんの泣き声がした。
「……ふええええええ~」
リアムが起きたか。
ノアが驚く。
「えっ、もう? さっきミルク飲んで、おしめも替えただろ?」
「赤ちゃんなんてそんなものよ」
おむつ替えする場所なんかないから、ソファーにバスタオルを三重にしき、その上にリアムを乗せる。
早急にリフォームしてもらわねば。
「そうだ。ノアにやってもらおうか」
王子殿下はぎょっとして、
「無理無理無理無理! やり方分かんないし!」
「教えるわよ。あのね、育児ってのは母親だけにさせるもんじゃないの。父親ももちろん協力しなさい。あんた、父親になるんでしょ?」
「そりゃそうだけど……」
「うちの保育所に預けてる中にも、育児は全部母親がやるもんだって思ってる人がいるけど、先生総出で意識改革させてるからね。生むのも育てるのも女のみ、一人でやれなんてふざけんじゃないわよ。二人の子なんだから、二人で育てるもんでしょ! 大体、今時は母親も働いてんのよ、共働きよ。それで家事育児全部やれって? 逆に専業主婦なら、ヒマだからやって当然って? 育児は24時間365日休みないのよ。同じことやってみろ! やってから、言えるもんなら言ってみなさい!」
怨念こめて言い放つ。
「……ソフィアさーん? なんか実感こもってません?」
「ちょっとね」
ふう~。
前世の夫と大ゲンカした記憶が蘇る。
子供が生まれてから夫が育児に非協力的なのが分かり、ケンカになる夫婦ってけっこういると思う。
ノアは察したらしい。
「なるほど、分かった。俺はちゃんと子育て手伝うから!」
「その言葉忘れないようにね」
嘘ついたら針千本飲ます。本気で。
「じゃあ、さっそくやってもらうわよ。まずリアムの服、下半分脱がせて。これ2wayオールよね。スナップでとまってるだけだから、簡単に外せるわ」
「ツーウェイ……なに?」
「ワンピースみたいな形と、ズボンみたいな形、2wayで使い分けられる服のこと。ほら、足と股のところのボタン外して」
おっかなびっくり、指示通りにするノア。
「汚れないよう、肌着も少し上にずらして。で、新しいオムツをおしりの下に敷いて」
「古いの取り換えてからじゃなくて?」
「オムツとった途端にしちゃうとか、よくあるのよ。下に敷いてれば、被害くいとめられるでしょ。ああ、赤ちゃんは一日に何度もするから。一日に12回替えるなんてザラだからね。下手したらオムツ替えとミルクで一日終わってた、なんてこともあるわよ」
赤ちゃんの紙おむつの消費量はハンパない。
絶句するノア。
「嘘……」
「嘘じゃない。育児甘く見てたわね」
「そうかも……。敷いたよ。えーと、もう外していい?」
「うん。ウエスト両サイドのテープ外せばいいだけ。ああそうだ、男の子は噴水攻撃あるから気をつけて」
言ってる傍から危険信号。
ノアが顔面にくらう前に、古いオムツをサッと戻して食い止めた。
「うわっ」
飛びのくノア。
「よくあることよ」
これくらいで、まったくだらしがない。
「あ、ありがと……。そっか、男の子は危ないんだな」
「それくらいで慌てない。はい、おしりふきでふいてあげて」
「一枚? 二枚?」
「そこからか。適当。ふいたら古いオムツに巻き込んで。サッと引き抜いて。腰とめてたテープでとめ、フタつきゴミ箱へ……って、ない? それも必要ね。で、新しいオムツを前にかぶせて、腰をテープでとめる。肌着を戻して、服も元通り着せて」
ぎこちない手つきながらも、ノアはがんばった。
「で、できた……。赤ん坊って小さいし脆そうだし、下手に触ったらって、力加減が超不安」
「慣れよ。あと、もちろん大のほうした時も替えてもらうからね」
王弟殿下は固まった。
「え……? あの、マジで……?」
「当たり前でしょう。あんたが甥っ子引き取るって決めたのよ。よくいるのよねー、大のほうだと替えられないって奥さん呼ぶ夫。そのくせイクメン気取るの。大だと替えられないから、奥さん帰るまでそのまま放置してたとか、ふざけんな。どんな時だろうがおむつ替えしてから、育児参加してるって言え!」
再び天に向かって叫ぶ。
妻が夫にマジ切れする出来事ランキングに絶対入る案件だ。
できないからやってよ~とか、お前が子供か!
「あんたも同じことしたら、即離婚だからね」
「言いません! 喜んでやらせていただきます!」
ノアは直立不動で宣言した。
忘れるなよ。
「オムツ替え終わったところで、次はミルクね」
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