3 契約結婚して乳母になることになりました

 ノアの兄である陛下は、外見はノアとよく似てる。違うのはこいつは軽薄なのに対し、陛下はさすが貫禄があるってことだ。

 あたしは立ち上がって礼をしようとしたけど、止められた。

「子供たちが寝てるじゃないか。そのままで。それにしても安心しきって寝てるな。さすがプロだ」

「いえ、あたしなんかよりもっとベテランの先生が保育所にはいらっしゃいますよ」

 あたしは単に前世で育児経験があるだけで。

「いやいや。腕がいいと聞いてるよ。ところでノア。お前、人の言うこともきかず、一人突っ走りやがって。ちゃんと宰相から話してもらうはずだったんだぞ」

「プロポーズは俺自身がします」

 胸を張るな。

 しなくていい。

 30半ばとまだ若い父が微妙な目で見てくる。あたしがノアを嫌ってるのを知ってるから。

「ソフィア、殿下から聞いたと思うが、状況的にお前が殿下と結婚という形を取り、子供たちを育てるのがベストなんだ」

 あたしと父はあまり似ていない。あたしは赤い髪でピンク色のツリ目のせいでややキツイ印象を与えるのに対し、父は栗色の髪に茶色の目で穏やかな風貌。

 常ににこにこしてて、笑顔で人をけむに巻き、上手く操ってしまうと言うしたたかさを持っている。さすが一国の宰相。

 貴族としての爵位は公爵。つまりあたしも一応公爵令嬢であり、それなのに働いているのは驚かれる。保育士だから子供好きなんだなと、悪く取られることはないが。

「仮にも公爵令嬢で身分的には問題ないし、保育士やってるから子供の扱いもお手の物。独身で育児に不慣れなノアにあたしがついてるなら安心、ってことよね?」

「そうだ」

 はああ―――。

 陛下や父までかんでるとなると、これもう命令じゃないか。

 あたしに拒否権ないな。

 陛下も気まずそうに、

「すまんな、ソフィア。君なら仕事がてら子供たちをみられるし、警備もしやすいんだ。もし公爵邸に行くことがあっても、あちらも警備は厳重だし」

「あたしも当分城に泊まりこみってことですね」

 この状況下では仕方ないだろう。

「まぁホラ、ノアは君にベタ惚れだし。いくらでも尻に敷いて、ぺらっぺらになるまでこき使っていいから」

「もちろん俺はソフィアが大好きだ! だから結婚しよう!」

 ……本音はどれだ?

 甥っ子たちを助けたい、のほうが口実じゃあるまいな。

 ジト目を向ける。

「お前もなぜそこまで殿下を嫌ってるんだ……。こんなにも想われてて、何度も何度も縁談持ち掛けられてるのに断って」

 第三王子と宰相の娘、悪くない組み合わせだと小さい頃から縁談は持ち掛けられていた。何よりノアが乗り気なので。でも蹴ってる。

 地の果てまで蹴飛ばしてやりたい。

「なんでか理由はノアが知ってるわよ」

 前世の行いが悪い。

「謝りまくったじゃん。今も謝ってるのに。許してよ、ソフィア」

「イヤ」

「ソフィア様ああぁぁぁ~」

 年下の女子相手に情けない声出す王弟。

 は―――っ。

 あたしは盛大にため息ついた。

 もう何年も婚約者候補で、今回の役に最適。この先のストーリーを知ってて、同じ転生者。トドメに国王命令とくれば、拒否できないっていってるようなものだ。

 父ももろ手をあげて賛同したな、これは。

 この世界じゃ十六歳ともなれば結婚適齢期。遅くとも二十代前半までには結婚するのが常識だ。父自身も二十歳前に結婚してる。

 ましてあたしは子供に関わる仕事をしており、一人娘。父としては早く孫が欲しいと思ってるんだろう。

 ノアを見て言った。

「契約結婚ならしてもいいわよ」

「ほんと?!」

 結婚て単語に大喜びするノア。

「……って、けいやくけっこんって何?」

「分からないで喜んだの? 要するにこれはさ、育ての親って名の乳母が必要なわけでしょ?」

「乳母っていうかなんて言うか……」

「そういう役目でしょ。だからあたしが結婚しても、妻としての役割を果たす必要はないわよね? あたしの仕事は王弟殿下の子供たちを育てることで、それ以上はしないって契約書作ってハンコ押してもらうわ」

「それでいいのか?」

 拍子抜けするほどあっさりノアは承諾した。

 え、まさかOKするとは思わなかった。

「こ、こらソフィア、なんてことを」

「そうでもしないとこの大馬鹿はどこまでつけあがるか分かったもんじゃないもの。条件は他にもあるわ。とりあえず犯人が捕まるまでの一時的措置であり、捕まったら契約解除してもいいこと。タダで使える乳母ゲットしてラッキーって思われると困るから、きちんと報酬はもらうわよ。あと、あたしの意志じゃないってはっきりさせときたい」

 これにかこつけて、長年の懸念である縁談をまとめたいと思ってた陛下と父はとまどってる。

 ふん。思い通りになってたまるか。

 当の本人のノアはそれでもいいとうれしそうだった。

「それでもいいよ、ソフィアと結婚できるなら。結婚してからのんびり口説けばいいもんな。犯人逮捕しても結婚継続してくれるよう、俺がんばるよ!」

「がんばらなくていい」

 ぴしゃりと早速はねつけた。

「これでソフィアが他の男にとられる心配もない。安心だ」

「……まさかと思うけど、あんたあたしに他の縁談が来るの妨害してなかった?」

 仮にも宰相の娘なら縁談は山ほど来たはずだ。それが一つもないって。

 やっぱり前言撤回しようか。

 それを感じ取ったのか、父がすばやく紙を出し、契約事項を書いた。

「って、お父さん? その用紙、公文書……ん? 結婚の命令書?」

 かみ砕くとあたしにノアと結婚しろって書いてあるんだけど。

 父はにっこり笑って答えなかった。

 断ったらこれつきつける気だったな!?

 だからこの父は食えないって言ったのよ!

 どうあがいても結婚ルートは回避できなかったんじゃないか。

「ほら、ソフィア、お前が言ったことだ。サインしなさい」

「…………」

 女に二言はない。不承不承ペンをとった。

 ノアも大喜びでサインする。

 陛下と父も立会人として副署した。

 陛下は肩の荷が下りたように、

「さあ、これで二人は夫婦、と。あ、ソフィアと子供たちが暮らす部屋はもう用意してあるから。生活必需品もそろってる。着替えとか子供のもの、足りないものがあったら言ってくれ。じゃ!」

 しゅぱ―――ん。

 陛下と父は走り去った。

 あ、逃げた。

 覚えてろ。

「な、ソフィア、さっそく新居に行こうよ」

「何が新居だ」

 思いっきりねめつける。効果ゼロ。

「オスカーは俺が運ぶよ。ソフィアはリアムを運んでくれる?」

「オスカー? ああ、この子の名前ね」

 そういえばそんな名前だった。

「うん、行こうか奥さん」

 四歳児をあっさり抱え上げ、ノアはうきうきして先を行く。

 げんなりしながらゼロ歳児を抱えて続いた。

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