2 プロポーズの裏事情
「さて、どういうことなのか聞かせて。王弟殿下が亡くなったなんて聞いてない」
「そりゃそうだ。俺だってさっき行ってきたばっかだもん」
「どういう状況だったの?」
「急にSOSが届いたんだ。それも相当ヤバい時用の方法で。兄上の命令で俺が飛んでったら、屋敷は火に包まれてた。襲撃者はすでに逃亡してて不明。兄さん夫婦は子供たちをかばって死んでた」
兄上は国王陛下、兄さんは第二王子のことだ。ノアはそう呼び分けてる。
「上の子は気絶してて、何があったのかは見てないらしい。……それでよかったと思う」
「そうね。まだあんなに小さいのに……」
「警備も使用人も全員殺されてた。子供たちだけ助け出して、連れて帰ってきたんだ」
ノアは男の子を見て、
「この子たちは親がいなくなっちゃったわけだ。だから俺が引き取って育てたい」
「ちょっと待って」
甥だから分かるけど、一足飛びすぎやしないか。
「普通なら母方の祖父母が育てると思うけど? 独身の叔父より」
「普通ならな。奥さんの一族がワケありなの覚えてる?」
「あ」
忘れてた。
この世界は魔法が当たり前に存在するおとぎのような世界だ。中世ヨーロッパが下地で、それに微妙に現代の文化も混じりあった……よくあるRPGの舞台だと思ってもらえばいい。
魔法の国いうと平和に聞こえるし、戦争こそないが、それなりにいざこざはあるわけで。
とくに有名なものが、ある一族とのもの。理由は分からないくらい昔から、差別されてきた一族がいる。
代々強い魔力を持ってたから、脅威とみなされたのかもしれない。
でも差別するべきじゃなかったね。長年恨みを募らせた一族は、そこまで言うなら本当にクーデターを起こしてやると、実行した。あたしが小さい頃のことだ。
陛下は何とか全面戦争を回避しようと、講和を持ちかけた。なにしろ王族と戦闘能力のある一族のことだ、両者がぶつかればただではすまない。たくさんの人が死ぬだろう。
自分の弟と一族の娘との結婚を提案する。
陛下の子じゃなかったのは、単純にまだ赤ん坊だったからだ。いくらなんでも無理。
当時結婚できる年齢で王族で独身なのはノアの二番目の兄しかいなかったため、やむを得ないことだった。
一族のほうも色々あったらしいけど、結局提案を受け入れ、内戦は終結した。
「民族・一族に関わらず差別してはいけない」って法律もできた。
初めのうちは難しかったけど、徐々に人々の意識も変わってきてる。王子夫妻が政略結婚ながら仲睦まじいこともあった。
「じゃあ、犯人は一族を差別してる人間ってこと? それとも、一族内の反対派?」
「そのどっちかだろうな。今調べてる。もしかしたら一族の人間かもしれないから、子供たちを母方に渡すわけにはいかないんだ」
理解した。
「なら、陛下と妃殿下が引き取るのが筋じゃ? 警備面でもそれが一番安全でしょう」
「義姉上は育児疲れがひどくて。そりゃ侍女はたくさんついてるけどさ、自分の子はなるべく自分で育てたいってがんばってるから。そこへさらに甥を二人もみてくれなんて言えないよ」
分かるわ。育児疲れってほんときついのよねー……。
「―――ってのは建前」
ノアは声を潜め、いつになく真剣な表情で言った。
「
みく。前世での名前にあたしは息をのんだ。
前世。そう、あたしとこいつは転生者だ。前世の記憶を持つ。
しかも、外の世界からの。
あたしたちはかつて現代日本に生きていた。ごく普通の一般人だ。同じ小学校に通っていて、同級生だった。
仲は悪かったよ。原因はこいつ。色々あって絶交し、あたしは決して許さなかった。女の恨みは買うもんじゃないのよ。
その後あたしは平凡な人生を送った。ごく普通の人と結婚し、子を生み育て、天寿を全うした。
……のに、気がついたらこの世界に転生してた。
よりによって世界一嫌いな男と一緒に、その傍に。
腐れ縁は何だったら切れるのかね? ペンチ? 電ノコ?
しかも不思議なことに、この世界は小学校時代流行ったマンガにそっくりだった。小学生なら誰でも読んでるくらいの有名なマンガで、もちろんあたしもこいつも読んでた。
「ストーリーは覚えてるけど……それほんとに?」
「マジな話。俺もただあのマンガに似てるだけの世界だと思ってたけど、まるきり同じなんだ。名前も容姿も状況も全部同じ」
「てことは、このままじゃ上の子がラスボスになって、下の子がそれを倒すルートってこと?」
うなずくノア。
「それは避けたいんだよ。なんといっても甥だし。こんなこと言って信じてくれるのも、協力してくれるのも同じ転生者である
「……それはあたしも回避したいけど」
「ソフィアなら宰相の娘で城内保育所の先生だろ? 俺がソフィアと結婚して甥たちを育てるなら、反対意見も出にくい。だから頼むよ」
ぱんっ。
ノアは手を合わせて拝んだ。
「お願いします。神様仏様ソフィア様」
「…………」
こんな時でも不真面目に聞こえる。
ふ―――……。
どうしたもんかとため息ついてたら、ドカドカ足音がする。
ば―――んとドアを開けて、陛下とあたしの父が入ってきた。
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