ラスボス・ヒーローの乳母やります!
一城洋子
1 意味不明なプロポーズ
「ソフィア、頼む! 俺と結婚して、一緒にこの子たちを育ててくれないか!」
あたしはものすごく冷えた目をして、何だかさっぱり分からない―――というか分かりたくもない―――世迷いごとのたまってる今世紀最高のバカヤロウを見た。
「……はあ?」
あたしの腕には、くぴくぴとミルク飲んでる赤ん坊がいる。
あたしの子じゃないよ。預かってる子。
ここはこの国スターダスト王国の城で働く人のための保育所だ。企業内保育施設って言えば分かりやすいかと。
あたしはそこで働く保育士の一人。
他の保育士はあぜんとして、いきなり飛び込んできて叫んだバカ王子を見ている。
あたしは空になった哺乳瓶を置き、赤ちゃんを縦抱きにして頭を肩にのっけ、背を優しくたたいた。
トントン。
さらに下から上へさする。
ゲフー。
「ん、げっぷ出たね」
「……ソフィアさーん? 聞いてますかー? もしもーし」
バカ―――もとい幼馴染と言う名の世界一嫌いな男が後ろでなおも言ってる。
振り返るのもやなんだけど。
周りの視線があるから仕方なく振り向けば、阿呆……もといノアは二人の子を連れていた。
……聞き間違いじゃなければ、「この子たち」って言ってたな。この二人か。
一人は抱っこされてる赤ちゃん。まだゼロ歳。
もう一人は四歳くらいの男の子。不安げで、今にも泣き出しそうな顔してる。
似てるからたぶん兄弟だな。下の子……性別は分かんない、は金髪碧眼。お兄ちゃんは黒髪に黒い目。色は全然違うけど、顔立ちはそっくりだ。
で、その子たちを連れてるのは御年十八歳の若き軍人王子。というか王弟か。
世間的には優秀と言われ、国内でも五指に入ると言われる実力の持ち主だ。さらに王位を継ぐことのない、気楽な三男坊。さらに長身痩躯、黒髪に青い目で『黒騎士』の称号を持つイケメンともなれば、女性陣がハイエナと化すには十分だ。
こいつと幼馴染なのがうらやましいとよく人に言われる。が、個人的にはちっともうれしくない。熨斗つけて差し上げよう。
できれば粗大ごみシール買ってきて回収してもらいたいくらいだ。
なんでこいつが「結婚したい独身男性ランキング国内版第一位」で「彼氏にしたい(以下略)」なんだ?
その「結婚したい(以下略)」男が制服(軍服)着て、真昼間に子連れで保育所来て、意味不明なことを叫んでる。
この現状、どーすりゃいーの?
あたし、夢でも見てんのかな。
「何か言った? ろくでもない幻聴が聞こえた気がしたけど」
「幻聴じゃないって。マジで頼んでんだって。一生のお願いだよ、ソフィア。俺と結婚して一緒に子どもたちを育ててください」
頭下げられた。
「…………」
あたしは預かってる赤ちゃんをそっとベビーベッドに置いた。ノアの抱っこしてる赤ちゃんも空いてるベッドに寝かせ、男の子もちょっと離れてるよう言う。
「歯ァ食いしばれ」
バキイ!
仮にも王子に思いっきり左ストレートをお見舞いした。
みごとにくらってつっぷす阿呆。
「……て、手加減なしかよ……がくっ」
「たちの悪すぎる冗談言う奴にはいい制裁でしょ」
あたしは元々左利きだ。自主的に訓練して今や両利きだが、やっぱり左のほうがやりやすい。
それと、右利きは左利きの攻撃を防ぎにくいからわざと左でやった。
「あんた未婚よね。二人も子供がいるってことは、結婚もせず女性との間に子供作ってたってこと? 最低。大方、その人に愛想つかされたんでしょ。それで保育士やってて子供の扱いに慣れてるあたしを母親代わりにしようって?」
ノアは慌てて手を振って、
「ち、違う違う! 俺の子じゃない!」
「うっわ、それすら否定するとか。あたしの中じゃあんたの評価はとっくに地に落ちてるけど、地下千mくらいまでいったわ」
「違うんだよ! ほんとのほんとに俺の子じゃないんだって!」
「出てけ」
どげしっ。
外へ蹴り飛ばした。
「頼むよおおお! 話聞いてくれえええ!」
「うっさい、二度来んな。あと、ここ土足厳禁」
ぐぎぎぎぎぎぎ。
顔面に足めりこませて追い出そうとする。
くそう、腐っても軍人。力はあるな。
見かねて園長が声をかけた。
「ソフィアちゃん、落ち着いて。ちょっとくらい話聞いてあげても」
「そうだよ! この二人は俺の兄の子なんだよ!」
…………。
あたしは子供たちとノアを見た。似てる。
そりゃ確かにノアには兄が二人いる。第三王子だから。一番上の兄は現在の国王陛下。陛下の子というのはありえない。てことは二番目の兄の子か。
「あんたの二番目のお兄さん、第二王子? 確か勤務地の関係で遠方にいなかった?」
首都ではなく、地方の、しかし大都市を含む領地に赴任しているはずだ。
「そう。そこでちょっとしたトラブルがあって……夫婦そろって亡くなった」
あたしはじめ、保育士たちは一斉に顔を見合わせた。
陛下にはすでに子がいるため、王弟は王位を継ぐことはないが、それでも王族だ。それが死亡しただって?
「子供たちだけは、なんとか助け出したんだけど……」
「うえ―――ん!」
ふいに男の子が泣き出した。
あたしはノアの頭をはたいて、
「このバカ! 子供の前で話すことじゃないでしょ!」
「だってソフィアが話聞いてくれないから……」
赤ちゃんも呼応してカエルの合唱になってる。
ああもう。
とりあえず園長に許可をもらって別室に連れて行き、男の子におやつを出した。
しゃがんで目線を同じにし、
「ごめんね。これ食べる?」
かわいい動物の形をしたクッキーだ。城の厨房で作ってもらってるもの。
男の子はとまどったようにこっちを見る。
「おいしいよ。なにせ、城の料理人が作ったものだから。あ、一応きくけど、食物アレルギーないよね?」
「……ない」
男の子はおずおずと手を伸ばし、口に運んだ。
ぱく。
おいしかったようで、にっこりする。
「あまーい」
「でしょ? もっと食べる? ノア、好きなだけ食べさせてあげて。あたしは赤ちゃんのほうみるから。この子は何か月? 見たところ、2.3か月っぽいけど」
「え? えーとたぶん三か月」
まずおむつの確認。慣れた手つきで替え、ミルクを準備し、あげる。
ぐびぐび。
すごい勢いで飲んだ。あっという間にカラ。疲れたのか、そのまま寝てしまう。
男の子も疲れたのとお腹いっぱいになったのとで、船をこぎ始めた。
赤ちゃんは抱っこしたまま、男の子に膝枕してあげる。
「よくがんばったわね。少し寝ていいのよ」
「……でも……」
まだ不安げな子供に微笑んでみせる。
仕事で鍛えた、子供が安心する効果抜群のスマイルだ。
「大丈夫。ここは安全よ。恐い人なんか来ないから。そこのボケナスは一応腕はたつから、追っ払ってくれると思うし」
「ボケナスって、ソフィアー」
阿呆は無視して男の子に毛布を掛け、頭をなでてると規則正しい寝息が聞こえてきた。
「しばらく寝かせてあげましょ。って、あんた何その顔」
「ソフィアの膝枕……! 俺がしてもらいたいっ」
「また殴られたいか。いいからそこ座んなさい。じっくり話聞かせてもらうわ」
空いてる椅子を指さした。
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