「わかればいいんです」

「なあ、後輩ちゃん」

「……なんですか?」


 俺は至っていつものように、隣に座る後輩に呼びかける。


「告白されたんだけど、どうしたらいい?」

「…………えっ?」


 すごいスピードで首を回し、髪を大きく半回転させて俺を見る後輩。

 視線は今までで一番鋭い。アイスピックの先が全身に当たっているような感覚が肌を走る。


「嘘ですよね?」

「本当のことだけど」

「これは何かのドッキリですよね?」

「違うと思う」

「もしかして今日がエイプリルフールだったんですか?」

「だったらエイプリルフールじゃなくてジューンフールだな」


 ああでもないこうでもない、とすごい口の回転の速さで呟いていく後輩。もう聞き取れない。

 こいつ、予想外の事態が起こると暴走するタイプなんだな。だいたいこういう奴のせいでパニックが起こる。

 すると何か思い当たったのか後輩は俺の目を見上げて、ゆっくりと口を開いた。


「……先輩って実はモテます?」

「友人曰く、意外とモテている、らしい」


 すると後輩は首の力が抜けたようにがっくりと肩を落とし、またぶつぶつ言い出した。

 うん、案の定……というか予想以上の効果が出た。ちなみに今までの会話で俺は一つも嘘をついていない。全部本当のことだ。

 それにしても……――


「……おーい」

「なんですかリア充の先輩……爆発すればいいのに」

「怖いわ! ……じゃなくて、いつまでそうしてるつもりだ?」

「先輩がリア充の間はずっとこうしてます……」


 後輩は両膝を抱え込んで、顔を脚の間にうずめてしまう。そしてまたぶつぶつとお経を唱え始める。

 相当拗ねているようだ。まるでお気に入りのおもちゃを取られた子供のようでちょっと可愛い。


「どうしてそんなにいじけるのさ?」

「……いじけてないです」

「俺の目を見て言えるか?」

「……うるさいです」


 これは相当拗ねてますね。うるさい、としか返せないほど弱っているらしい。

 これは後輩をいじれる数少ないチャンスなのでは?


「そんなに俺のこと好きだったの?」

「べ、別に好きなんかじゃないですからっ」


 そのセリフはどこのツンデレですか……? 


「お前、それはちょっと無理があるだろ……」

「どこがですか?」

「何とも思ってない相手に対していじけたり拗ねたりしないだろ」

「それは……そうですけど……」


 後輩は俺を一瞬見て、露骨に視線を逸らし、少し頬を膨らませている。何だその可愛い反応は。惚れちゃうだろ。


「……じゃあ言いますけど」

「なんだ?」

「……彼女持ちの先輩は私と一緒にこんなところに居ていいんですか?」


 まあ、そう来るよね。あの言い方だと誤解したままだよね。わざと誤解させたんだけど。

 ……さて、ネタばらしと行きますか。


「俺、彼女持ちじゃないけど?」

「…………えっ?」


 本日二度目の鋭い視線。蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなる。

 後輩の瞳が微かに揺れているように見えるのは気のせいだろうか。いや、気のせいじゃない。目の端に水が溜まってきている。


「泣いてるのか?」

「泣いてますっ」


 後輩は袖を涙を拭って、少し赤い目で俺を睨みつけてきた。怖くない。というか可愛い。今日の後輩はなんだかとても愛らしくて守ってあげたくなる。

 そんな風に思ってしまったせいか、気が付くと俺の手は後輩の頭を撫でていた。


「女の子は泣かせちゃダメなんですよ……?」

「ごめん、泣かすつもりはなかったんだ」

「告白されたのは嘘ですか?」

「それは本当」

「じゃあ断ったんですか?」

「そういうこと」


 後輩は頭を撫でている俺の手を掴んで、両手で包むように握る。

 俺の顔を見上げ、真っ直ぐに見つめられて、さっきとは違った意味で身動きが取れなくなってしまう。


「ああいう嘘はやめてください。幼気いたいけな乙女心を弄ばないでください」

「ごめん、もうしない」

「わかればいいんです。……責任さえ取ってくれれば」


 がちっ、と音を立てて思考が止まる。

 突然黙り込んだ俺を不思議そうに見上げてくる後輩。握られたままの右手と脳が沸騰しそうなくらい熱い。


「今、何とおっしゃいましたか?」

「『わかればいいんです』?」

「その次」

「『責任さえ取ってくれれば』って言いましたけど聞こえてたんですか?」

「地獄耳だからね……」


 ……そりゃあもうばっちりと聞こえておりましたとも。

 それより責任というのは何のことなのか。結婚させられるのは親が言うパターンだったよな。それは違うと。


「それで俺に責任を取らせる、と」

「はい」

「どうやって?」


 すると後輩はにこりと極上の笑顔を見せて、囁くように言った。


「これからもずっと、屋上ここに、私に会いに来てくださいね?」


 ああ、完敗だ。最後に全部持っていかれた。この笑顔を出されたら誰だって見惚れてしまう。

 心臓はうるさいし、体は熱いし、脳みそは回らないし、何もできない。


「嫌、ですか?」


 後輩がこくりと小首をかしげて俺を見上げる。潔く負けを認めざるを得ない。こんな魔法みたいな可愛さを前にして首を横に振れる奴はいないだろう。


「わかったよ。約束な」

「はいっ」


 繋いでいた手を一度離し、お互いに小指を差し出す。

 指を軽く絡めて、指切り。


「「ゆーびきりげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切った」」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る