「この時間も幸せなのだから」
良く晴れた空。綿飴みたいにに白い雲。心地よい風。最高のコンディションだ。とても気分がいい。
そして隣には私の想い人、
先輩の隣に居ると不思議と気持ちが落ち着く。マイナスイオンでも出ているのかと疑うくらい落ち着ける。
先輩は嘘をつかない。本当のことしか言わない。嫌なら嫌と言うだろうし嬉しかったら素直に嬉しいと言ってくれる。そういう変に気を回さなくてもいいところが楽でいいのかもしれない。
そして先輩はすごく優しい。いつも私のことを考えて言葉をかけてくれる。
初めて会った時からそういうところが気に入っていた。安心できる居場所が見つかって嬉しかった。
だからいつの間にか好きになっていた。気付いたら独り占めしたいと思うようになっていた。他の誰でもなく、私だけを見て欲しいと思うようになっていた。
「……でも先輩、鈍感だから……」
「いきなり鈍感言うな」
鈍感だから、全く踏み込んでくれないのだ。
先輩は私のことを好きだと思う。もちろん異性として。少なくとも意識はしている。
それなのに先輩はそれを伝えることが私にとって迷惑だと思っている節がある。もちろん先輩以外の人から好意を向けられるのは迷惑だ。でも先輩は違う。
私は先輩に好意を持っている。もちろん異性としてのそれだ。しかも結構態度に出している。なのに全く気付いてくれない。折り紙付きの鈍感だ。
私はとっくに先輩の好きな人が私だと気付いているのにどうして先輩にはわからないのだろう? 不思議だ。
「だって先輩、友達にも言われたんですよね?」
「……そうだけど」
「客観的証拠もあるじゃないですか。認めてください」
「認めてはいるよ。言われるのが嫌なんだよ」
「……ごめんなさい」
「謝らなくていいよ、俺が鈍感なのが事実だしな」
そう言うと先輩は屋上の柵になってるフェンスに寄りかかり、腕を胸の前で組んで目を瞑ってしまった。
寝ているわけではないと思う。たまに本当に寝ることもあるけれど、そういう時は寝る前に言ってくれる。
「先輩」
「なんだ?」
「先輩は彼女がいたことありますか?」
するといきなり先輩が咳き込んだ。咽たのだろうか? そんなに今の質問が予想外だったのだろうか?
先輩は閉じていた目を開けて、私を睨みつけた。正直そんなに怖くない。
「どうしてそんな質問が飛んでくる?」
「単純に気になったからです。こんな鈍感な先輩と付き合う人がいるのかどうか」
先輩はまた目を閉じて腕を組む。今度は眉間にしわが寄っているので考えているのだろう。
十数秒経って先輩が目を開け、口を開いた。
「一応、いたことはある」
「……そうなんですか」
意外だと思った。私がちょっと近づいて悪戯をするだけですぐ赤くなるので、てっきりそういう経験がないものだと思っていた。
「でも長続きしなかったよ。一か月半で終わり」
「それはどうして……?」
「多分俺の気持ちと相手の気持ちの大きさが違ったんだろうな。あいつの好きと俺の好きとは大分違ってたから」
少し空気が重くなる。ちょっと気まずい。どれだけの強さだったのかはわからないが、先輩が私以外の人のことを好き、と言ったことに少し苛立ちを覚えた。
でも私にはかけられる言葉が無かった。
すると先輩がパン、と手を叩いて笑顔を作った。
「この話は終わり。俺の昔話なんか聞いても意味ないよ」
「はい……」
素直に頷いておく。意味が無いわけではないのだが先輩が嫌がっているのだから無理にする話ではない。
私もフェンスに体を預けて先輩の隣に寄ってみる。
先輩はまた目を閉じて穏やかな顔を見せている。
「なあ後輩」
「なんですか先輩」
先輩は目を閉じたまま私に話しかけてくる。
「後輩ちゃんは彼氏とか――」
「いないです。いたことないです」
「……ああ、そう」
また少し苛立つ。鈍感な想い人を持つと大変だ。
彼氏がいないのも、いたことがないのも本当だ。
自分で言うのもなんだが、私はよく告白される。でもいい返事を返したことはない。よく知らない人から告白されても嬉しくないからだ。
「どうせなら自分の好きな人と付き合いたいですし」
「今まで散々告白されてきたのに、タイプの人とかいなかったの?」
「私には好きな人がいるので」
「この前いないって言ってなかったか?」
「いないほうがいいんですか?」
「……なんでもないです」
ここまで言ってどうしてわからないのだろうか?
今まで何回も言ってきたはずなのに。遠回しだったけど考えればわかるように言ってきたのに。やっぱり先輩は先輩だ。
「先輩」
「なんだ?」
「先輩の好きな人は誰ですか?」
「……教えねえよっ」
いつまで先輩はヘタレているつもりなのだろうか? 私は迷惑なんかじゃないのに。いい加減に白状してほしい。
早く次のステップへ行きたい。
でもこのままもいいかもしれない。友達でも恋人でもない関係。けれど好き同士の二人。
この時間も幸せなのだから、もう少し足踏みしたっていいのかもしれない。
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