「……この小悪魔」
今日は残念ながら雨天。屋上は使えないので、屋上へ出るドアの手前の踊り場のようなところで昼休みを過ごす。
基本的に屋上にいる時と変わらず、ほとんど人が来ることはないが踊り場の場合は防ぐものがない。そのため自前で用意するしかないのだ。
「領域干渉。
魔法をかけて空間内の情報を書き換える。
今かけた魔法は『一定空間内の情報を上書きする』というものだ。上書きされたのは『階段が続いている』という情報。新たに上書きしたのは『階段がこれ以上無い』という情報。
これで誰もこれより上に階があることを思い出せないはずだ。
階段を上りきると、やはり先に後輩が来ていた。
ただしいつもとは少し様子が違う。具体的には階段に向かって座っている膝を抱え込んで上半身が折りたたまれてしまっている。
いつもは笑っている後輩がこうも元気がないアピールをすると心配になってしまう。
「何かあったか……?」
声をかけると後輩はむくりと起き上がって、俺の顔を見て、数回瞬きをした。
目がしっかり開いているので寝ていたわけではなさそうだ。
「何かありました……」
どうやら何事かが起きたようです。
後輩の隣に腰を下ろして少し間を詰める。間を詰めた理由は雨で寒いからだ。他意はない……はず。
「それは話せることか? それとも聞かないほうがいい?」
後輩は少し顔を下に向けて考えてから俺の顔を見る。なぜか少し拗ねたような表情だ。
「じゃあ……聞いてください」
「おう」
なんだその嫌そうな言い方は……。嫌なら言わなくてもいいんだぞ?
しかし後輩はこっちの心配をよそに口を開いた。
「私、ちょっと悩みがありまして」
「うん」
どんな完璧美少女にも悩みはあるだろう。実際、身長とか体形とか気にしてるらしいし。
「……好きな人がいるんですよ」
「……は?」
え? 今こいつなんて言った? 『好きな人がいる』とか言ってなかった? 聞き間違いじゃないよね? 俺難聴系主人公じゃないよね?
頭の中でぐるぐると『
つまり俺は驚いていて、混乱していて、焦っている。
そう、焦っているのだ。
秘かに想っていた相手から『好きな人がいる』と告げられて焦っている。誰かに取られてしまうのではないか、と。
「だから、好きな人がいるんです」
「お、おう。それでお悩みは?」
「私がどんなに明るく接しても、ちっとも本心を言ってくれないんです」
脈が速くなっているのか、体が熱くなって平衡感覚も怪しくなっている。そのせいか話の半分も聞き取れていない。いや、正確には聞き取れているのだが頭がオーバーヒートして処理できなくなっている。
「……それで?」
「休み時間にいつも話しかけてるのに私の気持ちに全然に気付いてくれないんです」
それは……とても複雑なのだが……。
俺より多い頻度で顔を合わせている相手ががいることに嫉妬しているし、俺以外にも仲の良い男友達がいることに安心しているし、俺の代わりがいることに少し寂しさを感じている。
そんな俺の気も知らずに後輩は愚痴をこぼしていく。
「たまに話を聞いていないときがあるし、私のことを子ども扱いしてくるし、そのくせたまに私が照れるようなこと言ってくるし……」
「……大変なんだな」
「そうなんです」
一言返事をするのが精一杯だ。
誰だか知らないが学校一の美少女のお眼鏡に適う奴なのだ。俺が勝てるはずない。
諦め半分、嫉妬四割、寂しさ一割。負の感情しかない。つらい。
「先輩? お腹でも痛いんですか?」
「別にそういうのじゃないけど」
「そうですか? 眉間にしわが寄ってますよ?」
慌てて目を閉じて深呼吸。後輩の好きな人話を聞いて不機嫌になったように見えてしまったら不味い。バレてしまうかもしれない。
ポーカーフェイスだ。雑念は魔法使いの敵だ。いつもやっているのだから今だってできるはずだ。
「大丈夫、何でもないから」
「ならいいですけど」
「それでお前の好きな人はどんな奴なんだ?」
何気なく聞いてみる。その瞬間、地雷を踏んだと確信した。
なぜなら後輩は小悪魔の笑みを浮かべていたから。
「……そんな人いませんよ?」
あっけらかんと後輩は言う。小首をかしげて可愛らしく、とても自然に。
「は?」
「だからそんな人いないですって。安心していいですよ」
「……さいですか」
それだけしか言えなかった。
今度は脱力しすぎて頭が回らない。収縮からの弛緩で余計に頭に血が回り、得られる情報が多くなりすぎて目が回る。
上体を後ろに投げ出し、コンクリの天井を仰ぎ見る。床が冷たくて気持ちいい。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねえよ」
後輩が俺の顔を真上から見下ろしてくる。視界一杯に彼女の顔だ。おかしくなる。
後輩のいない左側に首を回して目を閉じた。
「……この小悪魔」
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