「ダメだっ、考えるな。照れたら負けだ」

 青空と雲が入り混じる空。優しく肌を撫でる風。過ごしやすい湿度。そして今日は金曜日。週末間近。こんなベストなタイミングとベストな天候が合わさった時にすることと言えば…………




「眠い」


 昼寝である。


 フェンスにもたれかかって力を抜く。すると自然にあくびがこみ上げてきた。

 今週は徹夜もしたしいつも以上に疲れている。


「先輩、寝るんですか?」

「眠たい……寝ていい……?」

「いいですけど――」

「本当か? じゃあお言葉に甘えて……」


 後輩の肩に寄りかかり目を閉じる。もちろんわざとだ。恋人のようなことをすれば彼女がどんな反応をするのか少し試したくなったのだ。


「ちょっ……先輩っ!」

「…………」


 当然起きているが口を固く結んで、寝息のように浅く息をする。

 目を閉じているので後輩がどんな表情をしているのか見えないのがとても残念だ。


 眠たいというのは嘘ではない。本当に眠たい。気を抜けば本当に眠ってしまうと思う。


「起きてくださいっ、重いです!」


 後輩は俺の頭をポカポカと叩いて起こそうとする。

 声が上ずっているので恥ずかしがっているのがよくわかる。てっきり思い切り殴られてノックアウトかと思ったがそうではないようだ。安心した。


「もうっ、先輩のバカ、朴念仁、ねぼすけ……」


 本人が寝ている(実際は寝たふり)のをいいことに悪口を言うんじゃない。

 あと朴念仁って言うな。そこまで鈍感じゃないからな?


 それと、今更ながら恥ずかしくなってきた……。これって恋人同士がやるものだから、それをやってる俺たちは恋人に見える……。

 ダメだっ、考えるな。照れたら負けだ。起きているのに気づかれたら一巻の終わりだ。


 すると後輩は何を思ったのか俺の髪を摘まんでいじり始めた。少しくすぐったい。


「髪さらさら……茶色だし……」


 茶髪もいいことばかりではないのだが……。

 お前が茶髪になったら俺は泣くぞ。長い黒髪だからこその可愛さ……でもないか。きっと茶髪にしても可愛いんだろうな。俺は黒のほうが好きなんだけど。


 目を閉じているせいか他の感覚が鋭敏になっている気がする。

 髪を触る音、後輩の制服の衣擦れの音、二人の息遣い。全部がはっきり聞こえて想像してしまい、ますます羞恥の色が頭の中を埋めていく。


 すると俺の髪を触る後輩の手つきが変わった。具体的に言うと引っ張ったり指に絡めたりするのではなく優しく撫でつけてくるようになった。

 すごく気持ちいい。頭を撫でられるのなんて中学に上がってからは無かったはずだ。


「お疲れ様です、先輩。ゆっくり休んでくださいね」


 深く息を吐くと本当に目が開かなくなった。まるで魔法にでもかかったように睡魔がやってきて俺の意識を刈り取っていった。



 ~ ~ ~ ~ ~



 やっと先輩が寝てくれた。

 私の左肩で穏やかに寝顔を晒している。ここからじゃ見えないけれども。残念。


 先輩が寝たふりでいたことはわかっていた。最初は戸惑って本当に殴ってしまったけれど、次第に状況を整理できて先輩が悪戯でやったことが分かった。

 意外と寝たふりが上手くて、本当に寝たかどうかの自信がなかった。でもこうして何の表情も浮かべずに静かに寝息を立てているところを見るとすぐにわかる。息遣いが全然違うから。意識的に呼吸して無意識の呼吸を表すのは流石に無理だったらしい。


 そろそろ肩が痛くなってきた。十分以上この体勢でいるのは無理があるみたいだ。

 先輩の頭の下に手を入れて、少し浮かせる。その隙に体を少し後ろにずらし、先輩の頭を脚の上に乗せる。いわゆる膝枕というやつだ。


「先輩のあこがれのシチュエーションですよ」


 もちろん私のあこがれでもある。いや、正確にはあったと言うべきか。またひとつ夢が叶った。

 次の夢は先輩に「好き」と言わせることだ。私から言ってもいいが、好きな人に告白されてみたいのだ。

 よく知らない人から告白されるのはあまり嬉しいことではない。鬱陶しい、とまではいかないが迷惑くらいの気持ちはある。

 一方的な愛情はただただ重いし何も応えることができない。基本的に私はごく少数を除いて先輩以外の男子とは話さないし接点もない。故に私に告白してくる男子のほとんどを知らないのだ。無関心なのだ。

 だから同じ気持ちだった時の告白を受けてみたい。

 そのためには必ず先輩に好きと言ってもらわなければならない。なるべく早く、夏休みまでには決着をつけたい。だから――


「――ヘタレてないで早く白状してくださいね?」


 私の唇が先輩の頬に触れた。


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