「まずは落ち着け。ほら、お茶でも飲んで」

 俺と後輩は昼休み以外は会いに行ったりはしない。

 それでもばったり出会う時はある。

 例えば購買。俺が弁当を忘れた時は購買に買いに行く。その時にすれ違うことがある。あいつは授業が終わるなりすぐに購買にダッシュして目当てのいちごサンドを奪取しているのだろう。嬉しそうな表情で屋上へ向かう姿を何回か目撃した事がある。

 その時は一方的に見つけただけなので、会ったとは言えないだろう。


 そして今日の休み時間、移動休憩中、俺が理科室に向かっていた時のことだ。

 友人二人と話しながら歩いていると前から体操服姿の後輩と同じクラスの女子(と思わしき)が二人で楽しげに話しながらやってきた。


「なあ、あれ、噂の美少女じゃね?」

「めっちゃ可愛いな……」

「…………」


 気まずい……。

 可愛いと言ってもいいのだが、もし聞かれたら次に顔を合わせる時に気まずいし絶対にあいつは調子に乗る。

 確かにあいつは可愛い、可愛いのだか! そこだけはちょっといただけない。その部分がなければ仲良くなっていないとも思うが。


「どうしたお前、百面相して」

「してたか?」

「それはもう盛大に」

「あれか。体操服姿の後輩に欲情したのか?」

「あのなぁ、あれは欲情するというより愛でる系の可愛さだろ」

「確かに一理ある」

「なるほどな、陽樹はるきらしいや」


 どこが俺らしいのだろう? 俺だって誰かに欲情することもある。ただあいつ相手では愛でるのが精一杯だってことだ。

 要は俺があいつに悪く思われないための言い訳をしただけってこと。多分この距離だと聞かれているだろうし。


 女子二人が俺たちの横を通り過ぎる。

 自然と視線が後輩へ流れてしまい、自然に目が合った。


 しかし立ち止まるわけではなく、互いの距離は離れていく。

 怪しまれそうなので振り返りはしなかった。


「陽樹、顔が赤いぞ」

「な、何言ってるんだよ悠真ゆうま。……しゅうも笑ってんじゃねえ!」

「だって女子と目が合って顔赤くするなんて小学生みたいじゃん」

「陽樹だからな。仕方ない」

「それもそっか。仕方ないな」

「お前ら……後で覚えてろよ……」



 ~ ~ ~ ~ ~



 という顛末があった。

 これだけ聞くとただの偶然の遭遇だ。だが後輩には何か不満があるようで……。


「私に欲情しないというのはどういうことですかっ!」

「女の子が言うことじゃないだろ……」

「どうせ私は幼児体系ですよ!」

「そうは言ってない」

「だったらなんなんですか! 私が小さくないと言い切れますか!?」


 こいつはどうしてこんなに暴走しているんだ? 危ない発言を連発してるし、いくら屋上とはいえ下の階の窓が開いていたら聞こえてしまう。


「まずは落ち着け。ほら、お茶でも飲んで」


 買ってきたレモンティーを差し出す。すると大人しく受け取って数口飲んで返してくれる。

 すると、落ち着いたのか深く息を吐いて俺の隣に座った。


「落ち着いたか?」

「……私じゃダメですか?」


 彼女は捨てられた子猫のような目で俺を見上げてくる。

 その庇護欲を掻き立てられるその姿に思わず手が伸びて彼女の頭を撫でてしまう。


 こいつは俺が守らなくちゃいけない。泣かせちゃいけない。悲しませちゃいけない。

 こいつには笑っていてほしい。悲しそうな顔は似合わない。

 そんな思いが俺の体を動かした。


「せん、ぱい?」

「ダメなわけないだろ。俺はお前だから一緒に居るんだよ。だからダメじゃない」

「……そういうわけじゃないんですけど」


 彼女は少し不満そうな表情を浮かべて頬を膨らませる。それでも頭に乗せられた嫌がりはしなかった。


「お前は美人なんだから体形とかの心配する必要はないんだよ」

「それはちょっと違います……」

「そうなのか?」

「私が大きいほうががいいんです」

「……今のままでも十分可愛いのに」


 今のままでも十分可愛い。目も大きいし体だって細い。そこに胸まであったら多分誰も敵わないくらいのレベルになってしまうだろう。

 でもそうなるとちょっと寂しいかな。


「先輩はずるいです……」

「どこが?」

「そういうわかってないところです!」

「鈍感ってことか?」

「女の子の気持ちに気付かないのは罪です!」


 わかった、わかったからとりあえず人のことを指さすのはやめなさい。


「鈍感なのは自覚してます……」

「それならいいです」


 鈍感なのは昔からだ。友人の好きな人を当てたことなんか一度もないし、察しが悪いともよく言われてきた。

 治そうと努力してきたが一向に治る気配がない。

 諦めて一生付き合っていく覚悟は決めたのだが、ダメージがないわけではない。


 ダメージ回復のためにレモンティーを飲む。

 三口飲んでキャップを閉めて横に置いた。

 やっぱりちょっと甘いかな。今度はストレートティーにしよう。


「先輩、それ……」

「ん? どれ?」

「……間接キスです」

「あっ」


 俺と後輩で顔を合わせられず、お互いに下を向いて誤魔化す始末。

 今のは完全に俺の自爆だ。やってしまった。


「ごめん……」

「いえ……」


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