第一章

13 揺れる車内

 思い出すのは最初に魔法を使ったときの事だ。


「やったわ!」


 掌の中に小さな火を出した少女は歓喜する。


 他にも同じく習得していった少年少女らは各々の手の中に火を出現させたことに驚愕し歓喜している。


「やったな!」


 興奮のあまり肩を組んでき来るものもいる。しかし俺の手の中には火が燃えているため非常に危ない。


 俺は苦笑しつつ危ないからやめろと言うがやめてくれる気配はない。


 少女は言う。


「これで私たち人間になれたのよ!」


 歓喜のあまり涙ぐんでいる。俺は大げさだと彼女に言うが俺も内心喜んでいた。


 しかし少女の興奮は止まらない。


「これで私たち力を使わなくて良いの!これからは罵られることもないの!普通の人生を送れて、普通に結婚出来て!普通に子供を産めるの!」


 少女の目が血走っていく。


「お、おい……」


 俺は少女の言葉を止めさせようと思わず手を伸ばそうとするがその手は届かない。


「私たち!普通に死ねるの!」


 俺は瞬間凍り付いた。


「これで死んでいった友達や先輩に顔向けできるな!」


 肩を組んだままの少年は笑っている。


「これでもう突然変異の化け物だなんて誰にも言わせない!」


 少女の体がみるみる内に燃えていく。


「良くやったな正義」


 ぽんと肩を叩かれて振り向くとそこにはここにはいないはずの恩師の姿があった。他にもここにはいないはずの友人たちがいて、皆俺に微笑んでいる。


 笑顔で駆け寄ってくるマリアンヌ姿がある。


 マリアンヌはそのまま俺の胸に顔をうずめるが、彼女の背はこんなに小さかっただろうか?そう思う内に彼女の髪は青く染まっていく。


 俺は戦慄した。


 顔を上げた彼女の顔は俺の良く知る俺と瓜二つの顔をしていた。


「おめでとう」


 俺ははっとして目が覚めた。 


 揺れる馬車の車内、赤い眼鏡の少女、鈴村愛子と黒い短髪の少年、谷風四郎の姿があった。少女の体はどこも燃えてはおらず火傷の痕もない。


「よくこんなとこで寝れるな」


 谷風が俺を見て呆れている。


「お前がうらやましいよ」


 谷風は軽く尻を上げてさすっている。馬車の乗り心地は最悪である。正直なところ俺も背中と尻がかちかちで痛くてしょうがない。それでも疲れからかどうやら寝てしまっていたらしい。


 この馬車は城を離れ都へ向かっている。


 隣のエルフの少女、ヒルデガルドは静かに目を伏せている。本当は谷風が隣に座りたがったがセクハラされるのがいやらしくヒルデガルドは谷風を自分の正面に座らさせた。


 彼女の服装は見慣れたメイド服から皮の戦闘服に身を包んでいる。音からして中に鉄板が仕込んであるのかかなりの重量があることがわかる。腰に差しているのは赤い鞘のサーベルと胸に拳銃を差している。


 野盗対策のためらしい、がその恰好を一目見た時はずいぶん緊張したものだ。


 都に向かっているのは10人のうち俺たち3人だけである。彼らに打ち明けた時共に行きたがったが俺たちと違い戦闘訓練課程をまだ終えてはいない。


 馬車は二台、俺たちが座らされているのは後部車両である。そして馬車を守護するように騎兵が6人囲んでいる。騎兵の中にマリアンヌの姿がある。しかし彼女の服装は普段のメイド服姿、剣や銃の一本も武装はしていない。


 窓から彼女の顔が見えた。彼女もこちらに気付いたのか微笑み返してくれた。

 しかしヒルデガルドが唐突にカーテンを閉めた。


「今は秘密作戦中ですよ」


 その割にはずいぶん大胆な行軍である。


 モルドレッドの話によれば都まで馬車で三日かかるそうだ。本来であれば二日のところを人気を避けるためにあえて遠回りしているとのことだ。


 野盗や獣の襲撃が予想されるとのこと、護衛がいるのはそのせいらしい。


 しかし俺たちには緊張感がなかった。


「UNOをやろう」


 谷風はこの退屈な時間に飽きてしまったのか懐からUNOを取り出した。ヒルデガルドが呆れた視線で谷風を見ていた。


 都へ移ることにより俺たちには新たに戸籍が与えられた。以降は機密保持のため従来の名前を隠すように言われている。


 思い出すとそこでもひと悶着あったのだ。


「命名式を行うわよ」


 俺は唐突な鈴村の開式宣言にポカンとした。鈴村は戸籍を与えられるにあたってモルドレッドに名前ぐらいは自分で決めさせてほしいと頼み込んでいたのだ。


「じゃあ私からね、私鈴村愛子は名を改め『姫神ガラシャ』として生きていくわ!」

「は?」


 俺が驚いていると傍にいた彼女の元お世話係エイデンが「だめですね」と告げた。俺は丁度俺たちに魔術を教えていたのだ。

 そこへ突然の開式宣言にも驚かないエイデンはさすがと言えた。エイデンはドライな男である。


「そんな名前の人はこの国にはいません。偽名を使うのですからもっと自然なものにすべきです」


 エイデンの言うことはもっともである。鈴村はエイデンの言葉に苦虫を噛み潰している。そこまで嫌わなくともエイデンという人間は秘密主義なところを除いて悪い人間ではない。


 結果彼女の名前は鈴村愛子改め、『マクシーン』となった。ちなみに彼女に姓名や洗礼名はない。多くの人物に姓名がないのだからその方が自然であるそうだ。


「じゃあ、正義。貴方の名前は『ジャスティス』ね」


 なんでそうなる?思わず声をあげようとしたが遅かった。鈴村改めマクシーンは手早く書類に記名してしまった。


 少しださいと思ったが、エイデンも特に反対していない。


 俺は特に自分の名前にこだわりがあるわけでもないので「まあいいか」とつぶやいた。


「じゃあ俺は佐藤だ。『サテュー』って呼んでくれ」


 谷風の特気な顔にマクシーンは叫んだ。


「絶対だめ!」


 谷風の名前は本人が妥協して『レン』となった。

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異世界で最強になろう! 鳥海オートマタ三郎 @baron_chokai

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