ヒルデガルドのため息
長い黒髪に青い瞳、白い肌、ふくよかな胸には似つかわしくない細い肩と腰、丸いお尻に長い脚、小さな顔には魔性と呼ぶべき美貌を備えた整った顔、客観的に見て彼女は男を誘うために生まれてきたと言っても過言ではないだろう。
その上今は灰色のタンクトップにオレンジ色のショートパンツ姿。胸元には大きな谷間と黒いブラがはみ出ている。
はっきり言って目に猛毒である。
彼女の名はマリアンヌ・サファイア・サム・ホワイトドラゴン、ホワイトドラゴン家の娘であり今は同僚の一人でもある。
幼少の頃は同じ道場に通いお互いをライバルと認識していたはずであった、がいつしか自然と別れていた。こうして再び巡り合ったのも何かの縁と思い話してみると驚いた。
彼女は変態になっていた。
嬉々として自身の監視対象が嘔吐したことを話しているのだ。私は唖然とした。何が面白いのかさっぱりわからない。
彼女と話していると頭痛がした。
そして驚くべきことに彼女は自身の監視対象である少年と既に行為を終えていると言う。
「童貞、おいしいですよ」
瞬間私は戦慄した。
確かに、私たちお世話係は一種の婚活目的でメイドをやっていたりもする。
私も彼女と同様に家から必ず一人は婿にするようにとうるさく釘を刺されたものである。彼女はそれを忠実に守っただけ、それだけのはずなのになぜか彼女の言葉には鳥肌が立った。
「ヒルデ、お酒が切れましたよ」
そう言って彼女は開いた酒瓶をテーブルの上に転がした。転がっていく酒瓶はテーブルの端で消え、私は慌てて落ちる酒瓶をキャッチして一息ついた。
「貴方飲み過ぎよ」
「今日は非番ですから、いくらでも飲めます」
「貴方呂律回ってないわよ」
酔っ払い、彼女は酒にとりわけ強いわけではないとの話だ。それでも顔色を全く変えないのだから強いのだろう。
マリアンヌはついに私の飲み物にまで勝手に手を付けて一気に飲み干してしまった。
「チューハイですか、女の子ですね」
「私貴方ほどおじさんじゃないの」
「ヒルデ、私より年上ですよね?今年で何歳でしたっけ?」
私はため息をついた。彼女と話していると疲れる。
今更だが私の名前はヒルデガルド・オーシャン・ビッグ・タイフーン。名の通りタイフーン家の娘である。
私は本来魔術師の家系であるタイフーン家の中では珍しい魔術師の才能のない者である。
しかし一般的にはエルフは魔術に優れたイメージがある。そのせいで過去に「お前は本当にエルフなのか?」そんな心ない言葉をかけられたことは少ないくない。
その代わりというもの私には剣の才能があったから救われた。騎士位も授かり家の中で堂々とできるが、もしも私に剣の才能がなかったらそう考えるだけでも恐ろしい。
私は現在一抹の不安を抱えている。もちろん今の仕事についてである。
私たちの仕事は対象の日常のお世話、そして監視である。私は例外的にそれ以外に彼らの講師を務めていたりする。
しかし上司であるユングミリア卿の指示では対象が暴れることがあれば全力で無力化しろとの仰せである。ただし殺すな、という仰せだ。
その上私とマリアンヌ、他に同僚のエイデンが受け持った対象の三人は特殊な個体だと言う。特に戦闘経験に能力の優れた私たち三人が配置されたのは妥当な配慮だと思った。
私は剣に優れ、エイデンは魔に優れ、マリアンヌはその両方に優れているという。
さすがはホワイトドラゴンの家系に連なる者と言うべきか。ホワイトドラゴンの家系は代々騎士の家系であり近衛の家系でもある。剣を扱いながら魔を操る黄金の騎士である。
しかし当の黄金騎士がこんな変態の飲んだくれだとは思わなかった。
それはさておき私を悩ませているのは私の監視対象であり教え子でもある少年だ。
名を谷風四郎と言う少年である。彼の性格を簡単に表すとしたら野心家である。しかしその友人、マリアンヌがお世話する扇正義と言う少年は妄想家と蔑んでいた。
「谷風様って、確か童貞ですよね?」
「食べて良いですよ」
「それはあなたの役目です」
眉間にしわが寄りそうになる。私は新しい瓶を冷蔵庫から取り出して栓を抜いた。
「もう少し頼もしくなってくれれば考えるんですけどね」
「ヒルデは理想が高すぎるんですよ、女の子ですね」
「あばずれが」
「何か言いました?」
彼女は昔からこんな性格だっただろうか?それともお酒が入っているせいだろうか?
私にもお酒が入っているせいか、今はそんなことどうでも良かった。
「何も言ってませんよ、酔っ払い」
私たちが休暇を取れるのは対象も休みに入っているからである。今日あたりは社会見学も兼ねて城下の宿で一泊しているはずである。監視の任務も変わりの者が引き継いでいるので何も問題はない。
「寂しくないですか?愛しのご主人様と離れ離れで?」
しかしせっかくの休暇である。彼女のように楽しまなければ損というもの、それに私にも毒抜きが必要である。
マリアンヌが私の言葉に目を細める。
「言うようになりましたね」
そう言って彼女が取り出したのは二つの小さなグラス、ショットグラスと言うのだそうだ。それと度数の高いお酒。
「ここは一つ勝負と行きましょう」
私は鼻で笑って席に着いた。
「良いですよ。受けて立ちます」
正直なところを言うと8杯目で私は限界に来ていた。それが12杯目まで持った私は偉いと思う。
先にマリアンヌがトイレに駆け込んだのを見て私は勝利を確信した。しかし私も釣られて駆けこまざるを得なかった。
騎士団の飲み会で鍛えた甲斐があるというものである。
「私の勝ちですね」
「油断しました。ハンデをあげ過ぎました」
私は黄金騎士に勝ったことから気分よく刀を抜いて勝鬨かちどきを上げたい気持ちではいたが、如何せん便器が離せられない。その上誉ある騎士がトイレで勝鬨など上げたくない。
「さあ、吐いて楽になりましたよね」
「え?」
私の背後の壁にもたれかかるマリアンヌは髪をかき上げる。しかし彼女の様子はどう見ても正気ではない。瞼がわずかに赤く染まり目はほとんど開いていないのだ。
「まだ飲む気ですか?」
「当然」
私は彼女の言葉に呆れた。
部屋に戻った彼女は椅子に掛けて、前髪を垂らして片膝を抱いている。片方の手が髪をいじりもう片方の手でつまみの干し肉をかじっている。
お酒はさすがに片づけた。彼女も私も飲み過ぎた。
「まじめなヒルデさん……」
彼女は酔っているのか子供の用にふてくされている。
「明日は扇様とデートなんですよね。二日酔いでは様になりませんよ」
恋人とデートと言うのに男になれるとこうも余裕ができるものなのだろうか?
「明後日……」
「はい?」
「明後日になったんです。だから明日は一日寝てます!」
私は彼女の言葉にまたも呆れてため息が出た。これが本当にかの黄金騎士様なのだろうかと思ってしまう。まるで子供である。
「騎士たる貴方が何てことを……」
「ヒルデ、聖騎士みたいですね」
「聖騎士の試験には落ちました」
聖騎士になるには悔しいことに私には資質が足りなかった。今となっては懐かしいことである。
「マリー、真面目な話になりますけど――」
「何?」
「谷風、様と扇様、鈴村様の力の事なんですが、どう思います?」
マリアンヌがぴたりと体の動きを止めた。
「今その話をしますか」
「別に構いませんでしょう?」
私の言葉に「構いさせんけど」そう言って彼女は膝を下ろして前髪を横に流した。
私たちは三人、谷風、扇、鈴村の反対を押し切ってその力を試験すべきと考えていたが、未だ実現には至っていない。無理強いできないことに歯がゆさがある。
実現できない理由は彼らが要求する設備が未だ整っていないことが上げられる。
結果その力の片鱗を見たのは私だけである。
谷風が我々の情報を対価に勝負を仕掛けてきた、その時だけである。
驚きはしなかったが、その力は苛烈であり非常に不安定な印象を受けた。
「力の代償に精神は汚染される」
「彼らにはこの世界で新たな力に目覚めてもらうしかないでしょうね」
私がつぶやいてマリアンヌが言った。
「歴代の勇者のように」
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