銀杏

7-1

 母は、イチョウの木の下を通ると顔をしかめる。さらに、茶わん蒸しの中に入っているギンナンはいつも私にくれた。顔をしかめながら。

 私は、いつもそんな母がおかしかった。

「どうしてそんなにイチョウが嫌なの?」と聞くと、「あの匂いを思い出すから。」とたった今その匂いを嗅いでいるみたいなすごい形相で説明してくれた。

 あの匂いとは、銀杏のあのなんとも言えない野性的な匂いである。私は、ちっともあの匂いを嫌だと思ったことがなかった。

 私にとってあれは、「イチョウのバラ」匂いだ。


「イチョウのバラ」を教えてくれたのも、すーちゃんだ。

 私たちの小学校の校門の近くに群をなしてはえる銀杏の木。

 秋になるとそこは黄色のじゅうたんで素晴らしい眺めになる。私たちはそのじゅうたんを、銀杏の木の群れに一本だけ生えたどんぐりの木に登ってみるのが好きだった。

 どんぐりの木は「さあ、のぼりなさい」とでも言うようにとても登るのに適した木だった。

 幹は、手に触れても痛くなかった。最初に足をかける場所は、木の大きなイボで、次は幹の側面にある穴がいくつか。それから短い枝に足をかけて手を伸ばすと腰かけるのにちょうどいいサイズの枝が一本ある。そこに手をかけてぐいっと一気に体を引き上げてしまう。すると地上からは二メートルくらい。そこから、じゅうたんを眺めると今登ってきたばかりなのに、その柔らかそうな落ち葉の上に足を乗せたくなった。

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