4-3

「お母さんも、こどものころ、柿泥棒したわ」

 柿泥棒の手助けをしてくれたこの愉快なおばあさんの話を、盗った柿を見せびらかしながら、怒られるのを承知で母に話した。

 すると、驚くことに、母は笑いながらこう言ったのだった。


「あなたも知ってる、ほら、小学校の近くの柿の木。あそこの柿を泥棒したの」

 椿の木のある、すーちゃんと雨粒を啜ったおうちの柿の木だ。と私は思う。

 母も子どもの時、私と同じ小学校に通い同じ通学路を通っていた。だからだろうか、私たち親子は、よくこんな風に似たようなことを体験していた。


「偽物のスイカの種」もそうだ。

 私は、野原に咲いている花の中に、「スイカの種」を実らせるものを発見した。

 花は、小さく小指の先ほどで菖蒲や桔梗のような艶やかな紫色をしていた。花びらは六枚ですべての花びらの真ん中に全体より濃い紫の筋が引いてあり、六筋分が集まった真ん中は黄色の花粉が鮮やかに鎮座している。

 平べったい茎と紫の花の間にぷらんと垂れ下がる玉がある。その玉こそ私の発見した「スイカの種」である。

 小さなこの玉は、全体に薄い緑色で赤茶色の筋が等間隔で引いてある。まるでスイカのようなのだ。ミニュチュア・スイカ。私はこれを、「スイカの種」だと疑わなかった。

 野原のどこにでも咲くその種は、手で引くとぷちっと簡単に取れてしまう。私は学校の帰り道で「スイカの種」をいくつか取って、家にある祖父の作ってくれた砂場の端っこに植えた。

 湿った土を掘り返すと爪に砂が入ったので近くにあった手頃な石で穴を掘った。少しだけえぐれた土の上に、スイカの種を等間隔に八つ植えた。土をかけた後は分り易いように棒切れを八本立てておいた。

 じょうろで上から水をかけたらその棒切れが三本ほど倒れたが気にしない。私の砂場にスイカが出来るのだ。それは夢のようではないか。


 もちろんそれは、芽を出さない。

 私の植えた「スイカの種」は、ニワゼキショウの花のツボミなのだから。


 母に「スイカの種」を植えたことを報告した。

「お母さんもそう思ってた!」

 報告をすると、母は笑いながら言った。

 もう場所は忘れたけれど、お母さんも「偽物のスイカの種」を植えたとも言っていた。

 私は内心少しだけがっかりとした。私は、砂場に広がる私のスイカ畑の夢を捨てなくてはならなくなった。

 すーちゃんには、このことは話していない。

「偽物のスイカの種」をむしる時に「何してるの。」と聞かれたけれど、適当にごまかしたのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る