第2項33話 地下

 ケルン達と魔族が接敵している一方で。

 都市ベルグ南門から少し離れた所。荒廃した石の街区にテインとエイシャの姿があった。

 彼らの眼前には、地下――壊滅した盗賊団のねぐら――へと続く穴がぽっかりと口を開けている。


ねぐらへの入り口はここです。幻魔法が掛けてあったはずですけど、外れてる……」


「盗賊団討伐の際、リセリルカ様が外されたのだろう。ミゥの予想だと中にはおそらく屍人リビングデットが居るらしい」


 「使ってみろ」テインは右手にぶら下げていた袋の紐を解き、中身をずいっとエイシャに向けて差し出す。


「名は緋雨ヒサメという。俺にはどうも扱えなくてな」


一瞬キョトンとした表情を浮かべたエイシャだったが、渡されるがままに太刀・・を受け取り、抜刀した。

 ――澄んだ音と共に現れるのは、機能美を思わせる緋色の刀身だ。

 屍人討伐という状況を一瞬忘れ、エイシャはほうとため息を吐く。


「刀身が長くて、重い。私に扱えるでしょうか」


「時間がない、試し斬りは屍人でするといい。そいつを振るう勘所かんどころも掴めてくるだろう」


 言いながら、テインは草履ぞうりを地下へと向ける。

 彼に続いて歩きながら、エイシャは不安そうに赤髪を揺らした。


「ケルンは大丈夫かな……」


「ああ、問題ない。あいつは頑丈・・だ」


 エイシャの心配をよそに、テインは振り返ることなく歩き続ける。

 以前王女リセリルカが盗賊の掃討を行ったきり、ここの地下通路はヒトが訪れていないようだ。

 腐臭とかび臭さが混ざったような匂いが、辺りに充満している。

 エイシャは太刀を持っていない方の手で口元を覆い、顔を顰めた。


 暫く通路内に足音を響かせ続けた二人。

 少し開けた、小部屋のような空間についた瞬間――「試しどきだ」とテインは先頭をエイシャに譲る。

 その先の光景を捉えた瞬間、エイシャは目を見開いた。


「陰湿な手を……!!」


 朽ち、腐ってはいるが、エイシャには判別が付いた。

 冒険者風でいて、闇に紛れるよう黒系の色を基調とした装備。見知った顔立ち。

 会話こそまともにしなかったが、幾度となく顔を合わせたヒト達。

 すなわち――エイシャの前に立ち塞がっているのは、屍人と化した元盗賊団構成員だ。


「――すぐに開放します」


 明かな死者への冒涜に、エイシャはまなじりを決した。

 音高く太刀を抜き放ち、体の正面に構える。


「グゥァァァァ……!!」


「――シィッ!!」


 向かってくる屍人に向け、エイシャは緋色の刀身を鋭く突き出す。

 腐肉を貫く軽い手ごたえを感じた瞬間――太刀を振り下ろし、手首の操作で刃を返し振り上げる。

 綺麗な切断面を残して、屍人は左右真二つに割れて落ちる。

 割れ落ちた屍肉の向こうから、鈍い動きで屍人たちが攻撃を仕掛けるのが見えた。


 ――「一旦交代だ」と声がする。エイシャの肩を後ろに引き寄せつつ、偉丈夫が前に出る。

 義娘に新しい武器を試す機会を与えようと、抜いた脇差の峰で殺さないよう立ち回る。


「エイシャ、魔力を火属性に変換して緋雨ヒサメに流してみろ」


属性付与エンチャントの魔法なんて習った覚えはないですが……」


 困惑するエイシャだが、テインは屍人を峰で打ち、透かし、蹴り飛ばして時間を作る。

 無言の催促に、エイシャは言われるがままに魔力を火属性に変換して刀に打ち込んだ。

 ――本身の輪郭に、ゆらめく炎が浮かび上がる。


「刀身が、炎を帯びた!!」


「よし、代われ。魔力を流しながらの戦闘に慣れろ」


 刀身から出る緋色の炎を視界の端に捉えたテインは、前蹴りで屍人の胴を蹴り飛ばしスペースを作った。

 間髪入れず、緋色が尾を引いて跳び入る。重く燃え上がるような風切り音が響き、切り口から屍人の体がぼうと着火した。


「どうだ?」と主語のないテインの問かけに、エイシャは「異様にしっくりきます」と低く返した。


***


「密閉空間で炎を燃やし続けると、毒が生まれるのは知っているか」


「はい、ゲリュド――いえ。盗賊の長から」


 小部屋内の屍人を燃やし尽くした後、一本道のトンネルをエイシャを先頭に二人は歩く。

 「なぜだか分かるか?」と追って問うテインに、エイシャは暫く思案した後「わかりません」と答える。


「実はな、原理は俺にも分からん」


 小首をかしげるエイシャに、「面白くないか?」テインは珍しく口端を笑みの形に歪ませる。


「これは知っているか。魔法で炎を作ったときには、例外として毒は生まれんらしい」


「え……どうして?」


 思わず振り返った少女を追い抜かし、偉丈夫は笑う。


「さあ、どうしてだろうな? 面白いだろう、あいつ・・・はこういうことを解き明かすのが趣味でな」


「あ、ミゥさんですね。研究者ですから」


 エイシャもつられて笑い返すと、「喋りすぎたな」と頬を掻き、足を早めた。


***


 エイシャが、すでに手慣れた様子で緋雨を振るう。

 暗闇での松明の役目と、屍人を焼き払う役目。両者を兼ね備える炎の太刀は、洞窟のような空間でこそ真価を発揮した。


「手先の数が少ないな、大したことのない魔族だ」


 魔族が従える屍人の量を見て判断したのだろう、テインが零した呟きにエイシャが反応する。


「テインさんは、魔族と戦ったことがあるのですか」


 テインは歯切れ悪く「……まあ、ある」と返答した。

 「どんな魔族と?」と聞いても答えないだろうことは、しかめたテインの顔に書いてある。

 エイシャは魔族そのものにフォーカスを当てた質問に変更した。


「魔族とは、どんな存在なのですか。魔物より危険という知識しかなくって」


「そうだな……ヒト種と同じく、多様だ。危ない奴は危ない」


 テインの説明に含みを感じたエイシャは「危なくないのも、いる?」と返す。


「どんな種族も、自身よりも力を持った存在を必要以上に恐れるものだ。ヒト種のような弱い存在ならなおのこと」


 返ってきたのは、居るか居ないかという直接的な答えではなかった。


「相変わらず、言葉足らずです。考えろってことですね」


 周囲を警戒しながら、エイシャは言う。「考えろ」自分が盗賊団から拾い上げられたその日の言葉を思い出して、ほんの少し口角を上げた。


***


 「出口です」とテインに伝えるエイシャは、少し荒い呼吸をしていた。松明代わりに魔力を刀に流し続けたためだ。

 「納めておけ、良く動けていた」とねぎらいの言葉を掛けながらテインが前に出る。


「後処理をしておこう――『氷印サイン』」


 テインはねぐらの出口の地面に、青白く光る手のひらサイズの魔法陣を設置した。「この魔法は――」と説明を続けようとした偉丈夫は、目を見開いて素早く上を見た。

 それにつられるように、エイシャも木々の隙間から空を見上げる。


「……空飛ぶ、おび?」


「いや、『空鷂魚エアーレイ』という魔物だ。恐らく魔族が従えているのだろう」


 エイシャは赤髪を揺らして目を剥いた。


「不味いです、空から屍人でも運ばれたらひとたまりもない!!」


「大丈夫だ」


 「なぜそんなに……」余裕なのかと問うエイシャに、テインは洞窟へ引き返しながら言う。


「『あいつ、、、』で勝てないのなら、誰も勝てんからな」


 冗談を言っている気配もないテインに、エイシャは空を流れる帯を見やりながら後を追った。


***


 テインとエイシャは、ねぐらの中に残った屍人がいないかを確認しながらもと来た道を戻っていく。

 彼らの背後には、百Mメルト間隔で地面に青白い魔法陣が刻まれていた。


「よし」


 短く頷く偉丈夫に、エイシャは「『氷印サイン』って魔法でしたよね」と質問する。

 「ああ」と低く返すテイン。やり取りのうちに地上の光が見えてくる。


「出ていろ、効果を見せる」


 言葉少なに首を向けながら指示するテインに、エイシャは従い都市ベルグの地上に出た。


氷柱アイスピラー


 入口から少し入った場所から、テインが氷魔法を組み上げた。

 洞窟のような塒の道を埋めるように、氷の柱が現れる。一つめの柱の生成が限界を迎えて止まると、『氷印サイン』が連動して光を発しまた氷柱が生まれる。

 繰り返すほど数十回、盗賊の塒は氷で埋め尽くされた。


「魔法の延長装置」


 エイシャの呟きに、テインは「ああ」と短く返した。続けて「習うならミゥに頼め」とそれ以上の説明を放棄する。


「たまには、あなたが教えてくれたっていいじゃないですか」


 少し頬を膨れさせるエイシャに、「すまん、伝え方がわからん」テインは無骨な手でわしゃわしゃと不器用に頭を撫でた。

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盲者と王女の建国記 斜 てんびん @tenton10

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