第2項32話 自覚
『――
デヴォルが視線を送る先。
彼の一部を喰らい、取り込んだケルンの頭からは、新たに枝分かれのある二本の白い角が伸びていた。
角の周りは淡く白色に光っていて、それ自体に冷気と魔力を感じさせる。
『それにしても貴様……喋れたのだな。叫び散らすばかりのバケモノだと思っていた――いや、同族を食って力が増すなど、やはりバケモノか。それも飛び切り
魔族の片腕を胃に落としたことで、理性を侵食していた食欲から多少なりとも解放されたのだろう。ケルンはデヴォルの言葉にピクリと反応する。
「……俺に向かって言ったの?」
体をデヴォルの方に向けることなく、ケルンは言葉だけで無理解を返した。
『ああそうだ。同族――魔族を好んで食うヤツには初めて出会った』
意思疎通が可能であると判明したことで、骸骨の魔族は更に語勢を強めた。
片方だけの腕を上げ、大仰にケルンに向ける。
「……お前が何を言ってるのか、よく分からない」
デヴォルの言った単語を紡ぎ合わせても、ケルンの中で魔族の言葉は意味を成さない。
何かどうしようもない
彼は『
(あれ……なんで、魔族はヒトの敵なんだっけ?)
――片や、不気味な
片や、白い鱗に身を包む、ヒトならざるバケモノ。
ケルンとデヴォルの差異が、果たしてどれほどあるというのだろうか。
『ふむ……貴様、ヒトは食わんのか? 私の知り合いにも人肉でなく血だけでいいという変わり者がいるが。貴様達親子にも、そういった
デヴォルは落ちくぼんだ
「母さんと俺の事、矜持?? よく分からないけど……ヒトを食べるわけないだろ、魔族じゃないんだから」
ケルンは心外な言葉を紡ぎ続ける魔族に対して眉を
敵対の意志を示すように。
鋭く伸びた爪を気にしながら、握りづらそうに鉄剣を構える。
――獲物を切り裂くための爪を持ちながら、自前の武器を持たないヒトのための道具を使いづらそうに用いる彼の姿は、ひどくちぐはぐだ。
『待て……言葉を返すようだが、貴様は何を言っているのだ?』
ケルンの言葉に違和感を覚えたのか、デヴォルは頭蓋の眉間を押さえる。
あくまで客観的に、自身が魔族だという事実を抜きにして彼は言い放つ。
『――その姿、どこからどう見てもヒトでは無いであろうが』
「は……??」
言葉に乗せられるように、ケルンは『視界』を注視した。
――呆けた表情を浮かべる、
言われて比べて意識する、明らかな違い。
ヒトと、そうでない者との違い。
他者と、自分の違い。
(俺は、エリーさんや母さんとは、
「……なんだよ、なんだよこれ!! くそっ、取れないッ!!」
ケルンは鉄剣を放り投げ、自身の角を掴んで力一杯に引っこ抜こうとする。
しかし帰ってくるのは頭蓋ごと引っ張られる感触だけ。折り曲げよう力を込めても、ビクともしない。
その姿を見ていたデヴォルは、納得がいったとばかりに低く笑う。
『ははっ、そういうことか――馬鹿が!! ヒトは魔族なんぞ喰らわん。喰らったとて、ヒトの体は魔族の力を取り込むようにはできていない!!』
「……黙れ」
デヴォルが言わんとしていることが、ケルンにはもう分かっている。
分かってはいるが、到底認められるものではない。
自分の存在、行動の動機、憧憬。その全てが前提から覆るのだから。
すべてが、自身がヒトであるという前提があって初めて成立するものだから。
『お前は、幾ら背伸びしても
「黙れよッ!!」
魔族の言葉を遮るように、ケルンは地を蹴った。
――瞬時に肉薄し、伸びた爪を振り上げる。
振り切られた五指の軌道に沿うように、あばらから
「……っ」
爪で、物体を切断する。
ヒトならざる所業を本能のままやってのけた自分に、ケルンは呆然と立ち尽くした。
切断され地に落ちたそばから、デヴォルの体がミゥやヅィーオとの戦いの時と同様に音を立てずに組みあがってゆく。
『いい認めたらどうだ……お前はヒトではないのだと!!』
「黙れえぇぇぇぇッ!!!!」
爪での攻撃が無意味であると理解したケルンは、顎を開いてデヴォルに噛みつきにかかる。
『もう食われてはやらん』
――デヴォルの体から、黒い影が無数の
(……!! ダメだ、これは。避けないと)
『視界』でデヴォルの攻撃を認識したケルンは、急制動から四足で地を叩き、その場から離脱する。
『角があり。勘も良い、機敏でもあり、力も強く……氷の固有を持つ。はてなんの種族だ』
――デヴォルの周囲を囲む割れた氷柱が、音もなく影に飲み込まれてゆく。
影は更に無数の触手を伸ばし、ケルンを補足しようと迫ってきた。
ケルンは自ら作った氷の檻の一部を爪で破壊して、デヴォルの攻撃の射程範囲外へと飛び出す。
その破壊された檻の一部から亀裂が走り、氷の天蓋が砕けて降ってくる。
(これは、魔法じゃない……魔法陣も、発動の兆候もなかった。なんだ、この攻撃)
『何を驚いた顔をしている? 貴様だって先ほど使ったじゃないか、種族の【固有】を』
「……何のことだ」
デヴォルの周囲5
その影の中から、ケルンに向けてデヴォルは話す。
『とぼけるな、私の腕と周囲を氷漬けにしたこの技。魔法ではないだろう? 魔族はそれぞれ強弱はあれど、そういった技を有するものだ』
「…………」
ケルンは『視界』で、自身を見る。
角、爪、硬変した皮膚。
お前と一緒にするなという否定は、とても紡げなかった。
『もういいだろう、不毛だ……せめて邪魔はしないで欲しい、貴様の母親にもそう言ってはくれまいか。私の魔法も、【固有】も通じんあのバケモノは手に負えん』
ミゥの方に片腕を向け、デヴォルは肩を竦める。
ケルンの『視界』はベルグ南門前にいる、傷ついたヒト達を注視した。
「断る……お前は、ヒトを殺すだろう!!」
『ヒトとはひどく
どうしてヒト種を――弱者を守ろうとするのか。
ケルンは白く霞ががった、その答えをぼんやりと形にする。
「俺の隣に立ちたいヒトが――弱者を守ると言ったからだ」
『何だそれは、貴様の意見ではないではないか。他者の言いなりか?』
追いかけても追いかけても、届きそうにないその背中をケルンは思い浮かべる。
未だ見たことの無い、彼女の輪郭を描きだす。
「違う――弱者だと言われたのは
『ほう、それで?』
「……強さって、とても多様だ。何をするにしても力だけじゃダメで、技術も頭も。全部だ、全部いる。そして強くなれば、意思が通せる」
ケルンの言葉に、デヴォルは大仰に頷いた。
『ああ、そうだ。強さがあれば、何でも自身の思うがままだ。全く貴様の言うとおりだ!! 己の意思を通す方法、それが強さの本質だ!!』
強さの本質。その力を振りまく先。
それが
「……それがどうして、弱者を殺すことに使われなければならないんだ!! お前は弱かった頃、誰かに助けられなかったのか!! 答えろ魔族!!」
誰かに助けられたら。誰かに支えられたら。底から誰かの手で引っ張り上げられたら、同じことを自分も誰かにしたくなるはずだ、とケルンは叫ぶ。
『……弱者の定義が
「適当な
ケルンの言葉には我慢ならないと、デヴォルは肩を震わせた。
『なら……なら私達魔族が街を成し、守るべきものを持てば貴様は牙を向けないと!?』
「もし……魔族が、ヒトを襲わないというのなら!! そうすれば、魔族がヒト種の敵である理由はない!!」
その純粋過ぎる返しに、デヴォルはケタケタと骨を鳴らす。
『認め合えるものか――馬鹿馬鹿しい、夢物語だ!! ヒトを喰らう知性を持った異形を、魔族と呼ぶのだ。貴様は私達に、餓死しろと言っているのと同義だ!! 食欲は魔族を獣に変えるほどだ、耐え難いものだったろう!? ええ!? どうだったんだ私の味はッ!!』
「……っ」
耐え難いほどの疼き、理性が飛ぶほどの猛烈な空腹感。
ケルンの口の中には、まだ魔族の甘美な風味が残っている。
――ケルンの空間魔法が、上空に迫り来る
デヴォルの眷属である
『――来たか。元々はベルグに攻め入る為に作った眷属だが、撤退に使わせてもらおう』
「……!!」
デヴォルが空中へ向けて手を翳し、砲火の合図とばかりに振り下ろす。
大小様々な魔法陣が、空中に展開された。
カラフルな空模様。低空に咲く花の群れ。だが美しさとは無縁の破壊を孕んでいる。
――空中から、
火炎に氷塊、風の刃に渦巻く水流。
逃げ場のない魔法の雨に、さしものケルンも呆然と立ち尽くし――
「これは、さすがにね――『
突如として出現した
相手の魔法を見てからの後出しで間に合う無詠唱に、高威力にも耐えうる白魔法。
『バケモノめ……!!』
デヴォルの視線の先には、ケルンの母親であるミゥが居た。
魔法が無力されたとみるや、デヴォルは身に纏っていた影を上空へと伸ばした。
『
『小さき
「待てよっ……!! お前は、本当にヒトとの共生を望まないのか!?」
『……言うは易し。まずは貴様がやってみることだ』
『
骸骨の魔族をその背に乗せた一体だけが、南に向けて去っていった。
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